第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり


その頃、セバスチャンは主が捕えられている部屋へ辿り着いていた。


「お邪魔いたしております。主人を迎えに参りました」


銃を構えていたアズーロは現れたセバスチャンを見て拍子抜けした。


「は…は、驚いたな。あれだけの人数を一人でヤッちまうなんて、参ったね。どんな大男が現れるかと思えば、燕尾服の優男(ロメオ)とは」


しかし、目の前の執事が大勢の配下を一人で倒した事実に変わりない。

警戒心を怠る様子もなく、引き攣った笑みを浮かべながらアズーロは問う。



「あんた何者だ? ファントムハイヴに雇われた殺し屋か?

特殊部隊上がりの傭兵か? ただの執事じゃねえだろう」


「いいえ、私はあくまで執事ですよ。‟ただの”ね」

「は…そうかい。とにかく俺ァアンタとヤリあうつもりはねーよ」



余裕の表情を崩す事無く、ツカツカと近づいてくるセバスチャンに、アズーロはそう答えるや…
 

「だがな、手に入れた‟ブツ”だけは置いていってもらうぜ」


シエルの首に手を回し、こめかみに銃を突きつけて、証拠を置いていけと脅してきた。


「貴方がたの欲しい物は…」


セバスチャンはやれやれ、とどこか冷めた目つきで胸元からその証拠らしきものを取り出そうとしたその刹那…



  バシン、ドパパパパッ!



セバスチャンの頭をどこからか飛んできた銃弾が貫通し、そして次から次へと放たれた凶弾が彼の体中を貫いた。

全身から血を流して、床へと倒れてしまったセバスチャン。

シエルが視線を壁に向けると、絵画を隠れ蓑に潜んでいた構成員達が視界に映る。


「…はははっ、悪ィな、優男(ロメオ)。このゲーム…俺の勝ちだ!」


アズーロは脅威が消えた事に安堵し、高笑いをしだした。


「相手は‟女王の番犬”だ。俺だって切り札(ジョーカー)くらい持ってたさ。これで…後はお前を殺せば完璧だ」


アズーロはニヤけながら、シエルの髪の毛を鷲掴みする。


「この調子で、俺達はこの英国で天下を取ってやるよ! だがなぁ…アンタは解体する(バラす)には勿体ねえ顔だ」


銃でシエルの右目につけていた眼帯を外しながら、アズーロは品定めをする目つきで彼を観察する。


「ちょっとばかり傷物になっちまったが、アンタなら内臓(パーツ)でなくても値段がつくだろう」


アズーロは下品な笑みで、シエルに対して薬漬けにして頭のいかれた変態のコレクションにする事を画策している事を漏らした。

だが、シエルの呟いた一言で、彼はこの後戦慄する事となる。


「おい、いつまで寝ている」



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 バシュッ シュッ ザンッ


うじゃうじゃと現れるハートレス達に対し、リエは攻撃の手を緩めない。

最初はありのぬいぐるみの姿の【ピュアブラッド】だけだったが、徐々に機械的な姿をした【エンブレム】というタイプのものまで姿を見せてくる。

空中から飛んでくるタイプ、犬型、魔法に特化したタイプ、それからピュアブラッドの成長型の【ネオシャドウ】まで出てきた。

しかし、襲い掛かってくる大量のハートレス相手でも…


「その御名の許 この汚れた魂に裁きの光を降らせ給え…【ジャッジメント】」


彼女の優位は全く揺らがない。

高位の天使術で、まばゆい光の雨を降らせ、一気にハートレス達を消滅させた。

倒した後に浮かび上がったたくさんのハートが、リエのキーロッドにつけられている装飾の結晶石へと吸収される。

これらはのちに、本来の心の持ち主へ戻されるはずだ。



 パチパチパチッ



どこからか、手を叩く音が響く。

後方へ視線を移すと…あの黒いコートの男性が壁にもたれかかる形で立っていた。


「お見事、【幽玄なる祈り人】」

「私の二つ名をご存じとは…恐縮です」

「あれだけのハートレスを一人で…しかも、倒れているマフィア達を傷つけずに、難なく倒してしまうとは…驚愕ものだな」


男性は、未だに夢路にいるマフィアの何人かを足で平然と踏んづけながら、リエの方へ歩を進めていく。

リエは冷静に警戒を怠る事無く、近づいてくる男性に対してこう尋ねた。


「貴方は…何者なんですか?」

「この世界にとっての【イレギュラー】さ。“君と同じ”ようにな」


男性は敢えて名を名乗らずに、自らの立ち位置を明かした。

その言葉にリエが「やっぱり…」と納得をしたように呟く…その一瞬のスキに、男は姿を消した。


「嬉しいよ。こういう形でも…君と出会えた事が」

「……ッ!」


いつの間にか、背後にその男性は移動しており、リエは驚きを顔に露わにする。


「……あの…」

「―――この時を待っていた。『あの男』が眠りについている今なら…君を…」


フードで目元を隠しているが、その声音は愛おしい想い人への情愛の気持ちに溢れている。

動揺しているリエの顎を優しく掴み上げると、男性はゆっくり唇を重ねようとした。




15/20ページ
スキ