第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり
アズーロは怖れ、緊張していた
銃の弾を補充して、注意深く部屋の周りへ視線を何度も往復させる。
ドドドドドドドドッ!
ガガガガガガガッ!
派手な銃声音が鳴り響く。
どうやら、部下の男達はファントムハイヴの刺客と交戦しているようだ。
(くそっ…!)
*** ****** ***
つい先刻まで勝者の余韻に浸っていたアズーロが、此処まで取り乱しているのには理由があった。
三十分前…麻薬を流行させた証拠の提出を拒んだシエルに対し、見せしめに使用人達を殺そうと、ファントムハイヴの屋敷へ向かわせた殺し屋に撃ち殺すよう指示した。
しかし、電話で獲物を殺すのに失敗したとの連絡が入り、苛立ったアズーロは一度戻るように命令した。
その時…電話越しに、殺し屋二人の驚愕の声が鼓膜を震わせた。
『なんだ アリャぁぁッ!!?』
熊でも出たのかと笑い飛ばしたが…
『もっとスピード出せ!!!』
『無理だ!!!』
『ダメだ! 来る!!!』
男達の切羽詰まった会話を聞き、冗談ではないと感付いた。
『わぁぁっ!』
『ダメだっ! 来た……ッ!!』
―――ガシャーンッ
『『ぎゃあぁあぁあぁぁ――――!!』』
車が壊れた派手な音と二人の叫び声がはもり、その直後電話が切れてしまった。
アズーロを含め、部下の男たちの間に形容しがたい不安が広がる。
そして…また電話が鳴り響いた。
急いで受話器越しに、殺し屋達に怒鳴り散らしたが……
『もしもし? そちらに当家の主人がお邪魔しておりませんか?』
出てきたのは、全く別の人物だった。
テノールのように綺麗な男性の声音…おそらく、屋敷にいる護衛の可能性が高い。
『もしもし、どうなさいましたか?』
アズーロは答えられない。
電話の主の丁寧で礼儀正しい口調が…逆に形容しがたい怖さを助長していった。
ドクン、ドクン、と胸の高鳴りが警鐘を鳴らし、受話器を握る手もガチガチと震えていく。
「わんっ」
その時、床に倒れていたシエルが犬の鳴き声を真似た。
『…かしこまりました。すぐにお迎えに上がります。少々お待ちくださいませ』
電話の主はそう言って、会話を終了させたのだ。
アズーロの行動は早かった。
すぐさま、屋敷内の部下達に緊急指令をだしたのだ。
彼に仕える護衛達が総出で仕掛けてくる事を想定して、勿論切り札も用意している。
ボーンボーンと時計が五時を知らせる音を奏でる。
「…チッ、あいつらがヘマしなけりゃ今頃、女を堪能していたのにな」
「……女?」
「お前といっしょに捕まえたガヴァネスだよ。マダム・レッドの知人だってな…ありゃ遠目からみてもいい女だったぜ。連れ込んだガヴァネス達の中じゃかなりの上玉だ」
アズーロが喋った事に、シエルは大いに眉を潜める。
「…半年前から若い女性達が行方不明になっていた原因もお前だったのか」
新聞の小さな記事だったが…シエルの記憶に残っていた。
行方不明となった娘たちが『ガヴァネス』である共通点が引っかかっていたが、まさかこういう形で犯人をあぶり出すとは思わなかった。
「性欲処理のためか、それとも人身売買か…」
「フン、俺達は働き口がない憐れなレディ達に親切にも職を紹介してやっただけだ―――ガヴァネスなんかよりもよっぽど稼げる仕事だ。
最近はそこらの娼婦よりも、知識や淑女として教育を受けた女を手籠めにしたがる客層も多くてな…貞淑な女程、開拓したくなるもんだろ?」
「…下衆だな」
ガヴァネスの女性達を誘拐した理由を聞き、シエルは吐き捨てるように言った。
…共に捕えられたマダム・エルベットの安否が気掛かりだ。
彼女の身にもしもの事があれば、マダム・レッドの信頼に傷がついてしまう。
それに、一般人を裏社会に関わらせてしまった事自体、マナー違反なのだ。
マダム・エルベットと他のガヴァネス達も、目の前のこの男を始末次第、表社会へ帰さなければならない。
(…まったく、今日は厄日だな。もっと早く来れないのか、あいつは…)
シエルは、このアジトへ猛ダッシュで来ているはずの執事に対して、胸中で文句を呟いていた。
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