第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり


「ヘレンさん、セリアさん、人は生きている間に様々な困難に遭遇します。

大切な人を失ったり、信頼していた人に裏切られたり…そういう風に心を切り裂くような辛くて悲しい試練が立ちはだかったりします。

その試練に耐えきれず逃げてしまう事も…一つの選択でしょう。でも、それで本当にいいのかしら?」



リエが真っ直ぐな目で、二人に問いかける。


「そ、それは…」「……」

「私は思うんです。神様が試練を与えるのは、きっかけを作る事で、その人が成長できるか否かを試すためだと。だから…私は今からその試練に“立ち向かう選択”をします」


リエはニコリと微笑んで言った直後に、閉ざされている鉄の扉の向こう側が騒がしくなった。


『どうした?』

『リーダーからの命令だ。悪の貴族の番犬が乗り込んでくるそうだ。警備を怠るな!』


「これは…私達に追い風が吹いてきたようですね」


漏れてくる下っ端達の会話に、リエはクスッと口元に弧を描く。


「きゃっ…!」

「ちょ、ちょちょちょっと…なんで脱いじゃうの!?」


リエが立ち上がると着ている淑女服の胸元の紐を緩めて、脱いでいく。

突然の意味不明な行動に、ヘレンは両目で手で覆い、「破廉恥なッ」とセリアは顔を真っ赤にして慌てふためく。

しかし、するりと服を脱ぎ捨てて露わになったのは彼女の裸体ではなく…別の衣装。


「やっぱり、この姿が一番落ち着きますね」


黒色のノースリーブのハイネックで、上から白いワンピース

―――慣れ親しんだ、この服装が、リエの戦闘スタイルでもある。

夜空のように艶のある黒い髪は、薄い栗色へ変化する。

戸惑う二人をよそに、リエは鉄越しの扉に耳を押し当てる。

牢屋付近を徘徊していた男達は侵入者の撃退に廻って、いなくなったみたいだ。


「素敵なタイミングですね」


リエはそう呟くと、扉の鍵穴に手を翳した。

すると、鍵穴からポォ…と微弱な光が放たれ、リエはゆっくりと扉を押すとガコンッと音を立てて開いてしまった。



「えっ…えええっ…?」「うそ…!」


「さて…外は危険な香りのする殿方が大勢いらっしゃいます。

私はその方達と話し合いをするため、一旦此処から離れます。

お二人や他の淑女の方々は…そうですね、刺激が強すぎると思いますので、此処でお待ちいただけますか?」



あんなに頑丈そうな扉を意図も容易く開いてしまった…どんなマジックを使ったのと混乱しているヘレン。

パニクっている彼女とは異なり、セリアは…まだ頭の整理がつかない状態だが…思わず聞かずにはいられなかった。


「リ、リエさん…貴女は一体、何者なんですか…?」


その問いかけに対し、リエは右目をウインクをして唇に人差し指を押し当てて…


「探偵です」


自らの身分を明かすと、優雅な足取りで牢屋の外へでていった。





【さぁ、ショータイムの始まりです】





「悪の貴族の番犬が乗り込んでくんぞ!!」

「門を堅めろ、ネズミ一匹通すんじゃねえ!!」

「そいつを一歩も屋敷に入れるな!!」


上層部の伝令の下、多くのマフィアの構成員が武器を携えて玄関口に集い、シエルを助けに来るだろう護衛対策に備える。

大勢の男達が急げ、遅れるなとピリピリした緊張感に包まれていると…


「いやー、立派なお屋敷ですねー」


呑気に屋敷の感想を口にする第三者の声がした。


「なっ…!?」

「なんだ、テメーは!!?」

「どこから入った!!」


その人物は、燕尾服を纏った黒髪の執事…セバスチャンだった。


「燕尾服(バトラー)が何の用だ! ドコの輩(モン)だ!!?」


気配もなく、空気に溶け込むようにいつの間にか屋敷に不法侵入していたセバスチャンに、周囲の構成員達は警戒を全開にして、彼を取り囲む形で銃を突き付ける。

セバスチャンは「ああ、そうでしたね」と何かに気付いたのか、恭しくお辞儀をした。


「申し遅れました、私…『ファントムハイヴ家の者』ですが」


顔を上げた瞬間、妖しい笑みを浮かべている彼を目にした構成員達は血の気が引いていく。

数秒後、彼等の叫び声が屋敷全体に木霊する事となる。





【つづく】

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