第1章:誘拐事件は危険な出会いの始まり


10分後…廊下の隅で正座している四人(タナカさんはお茶を飲んでいる)をよそに、セバスチャンは恭しく頭を下げた。


「フィリア様、大変申し訳ございません。使用人達が騒がしい上に、あろうことか大事なお客様にネズミ退治をさせるなど…なんとお詫び申し上げたら…」

「いいえ、ただ…私も手伝いたかっただけですから」


フィリアは苦笑して、気にしないでくださいと言う。



「ああ、寛大なお言葉を頂けるとは…恐縮でございます。

―――バルド、いつ動いていいと言いましたか?」



足が痺れて態勢を変えようとしたバルドに、セバスチャンは間髪いれず静かに怒を孕んだ口調で指摘する。

バルドは慌てて、背を伸ばして再び正座する。


「あなた方の声は、特別ルームのお客様にまで筒抜けでした。何度も言ってますが、“密やか”にできないのですか?」


上司の気迫のこもった笑みに、バルド達は顔色を蒼白にして、ガクブルする。


「おい、セバスチャン!」


説教を続けようとしたら…主であるシエルがそれを妨げた。


「坊ちゃん」

「説教は後にしてやれ。それよりも、今夜ランドル卿の屋敷へ馬車を迎えに出せ」

「馬車を?」

「今夜は《夜会》を開く」


その意味を理解したセバスチャンはニコリと笑い、「かしこまりました」と言った。


「では、場所の手配を済ませましたら、お部屋にアフターヌーンティをご用意いたします。それから、坊ちゃん…こちらの方がマダム・エルベットです」


「フィリア・エルベットと申します。ファントムハイヴ伯爵様、本日はご多忙の中、お時間を割いてくださりありがとうございます」

「いや…マダム・レッドの頼みです。僕としても困っている方々のお役に立ちたいのでね。話は僕の書斎で行いましょう」


シエルは愛想よく笑いそう言葉を返した。



「後ほど、お茶菓子をお持ちいたします。

本日のお茶菓子は『リンゴとレーズンのディープパイ』をご用意しております。

焼きたてをお持ちしますので、少々お待ちください」


「ああ」


「すみません、伯爵…マダム・レッドはどちらに?」

「あの人は、急用が入り一旦お帰りになりました。また、こちらに戻ってきますよ。こちらです」



シエルが、フィリアを自室へ連れて行った。

二人を見届けると、セバスチャンは「さて…」と正座している四人に視線を戻す。



「さ、貴方達も仕事なさい。今後、ネズミ退治は騒がしくしないようにお願いします。返事は?」

「ふ ぁ い……」


バルド、フィニ、メイリンはげんなりした雰囲気で返事した。

ちなみに、彼等のやりとりの背後で、タナカさんがほほほっと穏やかに笑って、虫取り網で残っていたネズミ数匹とっていた事に…全然、誰も気づいていなかった。




書斎に入っても、相変わらず使用人達の騒がしい声が響く。


「賑やかな方々ですね」


フィリアがクスッと笑って感想を言うと、シエルはハァ…と溜息を漏らす。


「いえ、お恥ずかしい限りです。あの者達は少々平和すぎて…」


シエルが振り返り、弁解しようとしたその時、フィリアの背後から何者かが忍び寄り、彼女の頭に銃を突きつけた。


「きゃっ…」

「おっと。ファントムハイヴ伯爵…此処で叫ぶと、このお嬢さんの頭に穴があくぜ」

「……何者だ……うっ…」

「あんたに名乗る程のもんでもねえよ」


シエルも背後から口元に布をあてがわれた。

睡眠薬がしみこまされていたため、抵抗しようするが、すぐに意識を失ってしまった。


『よし…連れてくぞ』

『その女は?』

『捕獲対象だとよ。"あの人”の命令だ』


『時期がきたら売るのか、上物なのにもったいねえな~。一回ぐらいは…』

『おこぼれ預かれる立場じゃねえだろ…それにいい女はどーせ、【あの人】が独占するんだ』

『くっそ、うらやましいぜぇ…』


英語とは違う言語で喋る侵入者二人。

凶器を突き付けられ、為す術のないフィリア。

しかし…彼女は恐れ怯えるどころか、静かに大人しくしていた、いやあまりにも冷静だ。

そんな態度を不審に思う事無く、侵入者の男達は意識を失ったシエルとフィリアを抱えて開いた窓から脱出し、連れ去った。




【The trap after a tea party】





一方、ファントムハイブ家を離れたマダム・レッドは馬車に乗って、あるところへ向かっていた。

後方にはもう数台の馬車が走っている…その中にはまだ誰も乗っていない。



「もしもし、ロンドン警察(スコットランドヤード)ですか? 私…アンジェリーナ・バーネットと申します。

ええ、はい。そうです…すみませんけど、ランドル卿をお願いできます?」



馬車の中で、電話をするマダム・レッド。



「御機嫌よう、ランドル卿。実はお話ししたい事があって…とっておきの《ネタ》がありますの」




【つづく】

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