【5】女神族の長の目論見


…なんという事だ。

異変に気が付いたのは、アナタが生まれる二月前。

母体にいるアナタが順調に肉体が成長している反面、【魂】の力が弱くなっていた。

―――【魂】の一部が喪失していた。

おそらく、あの男が放った雷撃の所為だろう。


胸を支配するのは、激しい怒りと深い憎悪。

危うく力を暴発させる寸前まで感情が高ぶっていたが、それを抑止できたのは…アナタのおかげ。

【魂】が七割方を失っていてもなお、アナタの生命の光は消えていなかった。

もとの【魂】が強力だった事もあり、三割の状態でも消滅せずに済んだのだ。


けれども、油断はできない。

不完全な【魂】の影響が、どんな形で影響を及ぼすか分からない。

…腹部を撫でるアナタの実母。

…慎重な手つきで母の腹部を触り、妹の誕生を楽しみに待っているアナタの兄にあたる子ども。

嬉しそうにアナタが生まれ出るのを待ち望む母子の姿に、胸に痛みが生じた。



そして、時が来た。

『現で目覚めず、夢の領域でしか行動できない』という運命を背負い、この世界の…【15番目】のアナタはこの世に生まれた。

生後間もないアナタと対面した時、私の心は正負の感情が入り乱れていた。

…今世のアナタとようやく出逢えた喜びと幸せ。

…重たいハンデを背負わせてしまった罪悪感と己への怒り。

それでも歓喜の気持ちが上回り、同時に私は新たな決意を固めた。



「この娘の名は『ミスティリア』、これより私が後見人となりましょう」



【15番目】のアナタ…『ミスティリア』

この子の七割の魂を見つけ出し、必ずや完成させてみる。

その間に、夢の領域にいる『ミスティリア』を育てていかねばならない。

手始めに…夢渡りの力を扱える同胞を増やしていこう。




【女神族の長の目論見】




「先日の調査の件ですが…ミスティリアは至って健康で異常はありませんでした」



側近の一人…リュドシエルの報告に耳を傾ける。

ミスティリアは、現と夢の領域の双方で着実に成長している。

現にある肉体と、領域内にいる精神体の姿は顔を除くと異なっている。

特に、髪色は【14番目】の頃のものと同じだ。

時折、笑顔を浮かべる姿に既視感を覚えてしまう。



だが、懸念がいくつかある。

あれは、夢の領域にいるミスティリアの精神と初めて会った時の事。

…人間の年齢で6歳を迎えた頃だった。



『はじめまして、ウタです!』



厄介な事に、ミスティリアの精神体は既に名前を授けられていた。

初めに彼女を発見した配下の者が、慌てて「違いますよ…ミスティリアです!」と小声で訂正するように促していた。

そんな些細な事すら気にならないほどに、私の中には不安と疑問が渦巻いていた。


この子に名を与えた人物がいる。

それは即ち、ミスティリアの夢の領域内に自由に入り込める能力者がいる事を意味する。

精神体の彼女は、『ウタ』という名の方を真名にしてしまった。

真名を授けた人物はミスティリアの事実上の主であり、彼女はその者の意向を尊重しなければならない。

…頭が痛くなる案件だ。


幸いなのは、ミスティリアが自らを【女神族】であると自覚しており、私を一族の長として敬意を払っている事。

コンタクトをとって以降、時間が空いたら彼女に会いに行っている。

幼い娘のエリザベスとの顔合わせも済ませた…二人とも、絆を深めているようだ。


「それから…」

「他に何かあるのですか?」

「ミスティリアの領域内を行き来している侵入者に関して、判明している者達の一覧をまとめました」


リュドシエルが、先日依頼した仕事の結果を報告した。


「大半は無害な者ですが…一部、闇に属する種族や性格面で問題があるやもしれない人物が徘徊しておりました」


幼いながらもミスティリアは、自身に危害を加える対象者を察知しているようで、危険人物は領域内へ入れぬようにしていると言っていた。

しかし、内に強い魔力を秘めているとはいえ、彼女はまだ未熟だ。

それ故に、現時点でミスティリアの力を上回る者であれば、領域内に侵入されてしまうようだ。



『だいじょーぶです! ぬしさまやエリーちゃんたちがこわくないように、ブラックリストの人は帰してます』



私達に遠慮して、ミスティリアは自力で危険人物を追い返している。

他人に迷惑をかけたくない思いが強いのだ、あの子は。

ただ、別の見方で捉えれば…まだ私達は信用されていない事になる。


「…その問題のある者達を見つけ次第、監視しなさい。少しでも怪しい動きをすれば…分かりますね?」

「承知しました」


リュドシエルが退室した後、寝台で眠るミスティリアに視線を向ける。

…アナタは、私達に完全に心を許していない。

ほんの些細な事でも、時によって大事に繋がってしまう事もある。


「どうすれば、心を開いてくれるのかしら?」


ミスティリアの薄い金色の髪を指先で撫でながら、私は問いかける。


「願わくば【14番目】のアナタの時のように…」


胸に抱く淡い期待と消えぬ不安。

アナタが味方であり続けるように…

今日も、私は眠るアナタに言霊を送る。





【おわり】

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