【3】彼女に関する報告


「魂がとどまっているって…まさか…」

「ミスティリアの失った七割の魂は別の肉体を得て活動している。…残念な事に同族ではなさそうだ」


最高神様は仰っていた。

七割の魂は、別の知的生命体となっている…と。

女神族以外の種族となり、現在もどこかで生きている。

家畜や魔物の類でないと断言している。

対話ができる生物である事は幸いだが、問題はまた別にある。


「その様子だと…ティアの魂が入った【別の存在】って、どこの誰かなのかは分かっていないようだね」

「魔力がないのか…もしくはミスティリアとは違う魔力が発現している所為で特定が難しくなっている」


あの御方は、『もう一人のミスティリア』がどの種族として生まれ、どんな人物なのかを特定できていない。

天界とは異なる地にいる事は判明している。

おそらくブリタニアか…考えたくもないが魔界のどちらかの可能性が高い。


器となっているのは、大まかに絞っても四つの種族のどれか。

少数部族も対象に入れるとなれば、範囲が広すぎて探しだすのにさらに時間がかかってしまう。


「ティアは何か知らないのかな…?」

「慣れてきたとはいえ、ミスティリアはまだ私達に完全に心を許していない。あの御方でさえ、あの娘の心の内を読み取る事ができんのだ」


ミスティリアはマイペースな娘だ。

おかしな自作の歌を唄ったり、自らの領域をその日の気分次第で自由自在に変えてしまう。

身分を明かそうが、お構いなしに自分のペースに乗せていくとんでもない子だ。


一見すれば、能天気な娘だと勘違いする者が多いだろうが、ミスティリアはそんな単純な思考の持ち主ではない。

あれは見た目に反して警戒心が強い。

いくら付き合いを重ねようともそれを容易に解く事はなく、『本音』を心の奥底にしまい込み、それを悟らせぬようのんきな言動と態度で他者と一線を引くのだ。


「現段階では、あそこにしばしば現れる者達に何か手掛かりがあるかもしれん」


ミスティリアの夢の領域には、女神族以外の者が出没する事がある。

我々と同じく夢渡りを扱えるごく一部の他種族であるが、大半があの娘に直接的な害を与える様子もない事から敢えて放置している。

だが…


「半年前に『強い闇の気配を感じた』って、タルミエルが言ってたけど…本当?」

「ああ…信じたくないが、あの者共も目を付けているようだ」


今までの侵入者は、無害なタイプが多かったゆえに油断していた。

あの忌まわしき世界の異物共が、同胞の領域を徘徊していたなど考えるだけでも虫唾が走る。


『アレはレベルがやばすぎ~! 私だけじゃ対処できないです~!!』


――― タルミエルの証言。


『黒い人がきたんです』


――― 確認を取った時に、ミスティリアから返ってきた回答。


それらをもとに推測できるのは、件の侵入者は上位の魔神族であるという事。

あのタルミエルが慌てた顔で「単独では勝てない」と言うくらいだ。

つまり、あの異物共を束ねる高位の…王族かそれに連なる階級の者の可能性が高い。


「厄介だ…そして、実に不愉快だ」


敵対する異物共が、我が物顔で同胞の居場所を侵していく光景を想像してしまい、腸が煮えくり返る。

苛立ちを収めるために、花茶を一気に飲み干す。

些か乱暴にティーカップを皿に戻した直後、サリエルが口を開いた。


「これから、鉢合わせるリスクを考えといたほうがいいよね」

「その際は、敵の実力を見極めたうえで行動しろ。十分対処できるなら駆逐、もし己の力を上回る化け物であれば…」

「〝ティアを連れて安全な場所へ逃げる”…で合ってる?」


サリエルがふふんと口角を上げ、テーブルに肘をつきながら尋ねてきた。


「―――正解だ。だが、慢心するな。

その状況に陥った際に、選択を間違えてみろ…あの娘共々命の危機に晒されるぞ。

常に警戒を怠らないよう心掛けろ」


「はーい」


回答を兼ねた忠告をすると、サリエルは間延びした返事をして侍女が用意した一口サイズの茶菓子を口へ入れる。

これからの目途が定まった事で、心も落ち着きを取り戻してきた。

気分の切り替えのため、侍女に花茶のおかわりを頼む事にした。




【彼女に関する報告】




『シエルさん、どーぞ』


淹れたての花茶を見ていると、ミスティリアの顔がちらついた。

初めて花茶を勧められ、それを飲んだ時の甘く舌に程良い余韻を残す味が今でも忘れられない。

エリザベス様と年齢がさして変わらない幼子であるのに、何故あそこまで料理の腕が卓越しているのだろうか?


『きぎょーひみつ』


いや、仮に質問を投げつけてもそう返されるのが目に見えている。

謎は深いが、当の本人が話すまで根気強く待つしかない。


「一番の課題は、アレとの距離感か。まったく…厄介な事この上ない」

「でも、不愉快じゃないんでしょ?」


サリエルがさりげなく言葉を挟んできた。

どうなのさ、と薄ら笑みを浮かべて言外に追及してくる。


「さてな…」


敢えて答えをはぐらかして、二度目の花茶を味わう。


「………甘いな」


さっきは一気飲みしたため、味に気付かなかったが…口に含んだ花茶は、普段よりも甘さが強すぎる。

これを淹れた人物は甘党なのだろうか…花の蜜を余分に入れてしまったのではなかろうか。


「…ティアが淹れる花茶を、いつか現実の世界でも味わいたいものだ」


思わず口を動かしていた。

ほんの小さな囁きが聞こえたのか、サリエルの笑みが深くなった。





【おわり】

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