【1】とある導き神の回想
かつて、多数の世界が混乱を極めていた時代がある。
まだ世界を隔てる壁がなく、世界同士の行き来が容易かった時代…【あるモノ】を巡り、複数の勢力が対立しだし、それは後に大きな戦乱を招く事となった。
戦火は、無関係な世界までも巻き込んでいき、最早取り返しがつかない事態まで進みつつあった。
この事態を憂いだ『始祖の創造神』と『最古の破壊神』は、その現状を解決すべくそれぞれ別々の世界から【協力者】を探し出した。
一人は翡翠色の髪、白銀の光翼をもつ美しきハーフエルフの女性。
もう一人は高位の悪魔でありながら、闇に対抗した勇敢な剣士。
彼等は大いなる心と同化するだけの素質を持ち、それを使いこなす強い心があった。
そんな彼等の支えとなったのが、三名のエクレシア。
うち一人はハーパルと面識のある男だった。
彼等の活躍もあり、世界の混乱は収まり、争いは終止符を打つ事ができた。
同時に、計り知れない犠牲も払って…。
此処はあの大戦の中で奇跡的に難を逃れた数少ない世界だ。
そのため、必然的に戦後の後始末に追われる立場となった。
各部署のデスクが書類の山積みになるくらい、様々な世界の皺寄せが押し寄せてきた。
神経質な性格の同僚なんて多忙のあまり、発狂して何度も医務室送りになった。
その当時のハーパルも連日の忙しさに休む暇がなくて溜息を連呼したものだ。
異世界間の条約の締結、流民の保護、他世界の崩御した頂点(トップ)に代わる新しい導き神の任命…etc
本来なら各世界で行われるべき仕事を、機能しない世界が多いため、代行する羽目になった。
その中でも…一番時間と心労を重ねた案件が『裁判』
戦争で敗戦した側の捕虜、それ以外に人徳に反する犯罪行為や世界を滅亡させる…現在では【アプリヘンデ】と呼ばれる…危険認定された者達を裁く事となった。
その証拠に、現在行われるモノとは比べ物にならぬ程の膨大な量の当時の裁判記録が残っている。
ハーパルは記録を残す書記として裁判に携わった。
送られてくる罪人達は、一概にも頭のネジのぶっとんだ極悪人ばかりではない。
中には、その世界…国の方針で狩りだされた、普通の平和な世界で暮らせていたらごく普通の一般人だっただろう…名もなき若者も少なくなかった。
国、矜持、正義、怨恨、享楽、性癖、野心…裁かれる者がその行動に至った理由もまた千差万別だ。
数えるにはあまりにも億劫な量の裁判の中でも、ハーパルは今でも忘れられない事例がある。
罪人は―――魔を司る種族の男だった。
彼の者の罪状は、自世界における戦争での殺戮行為と…エクレシアに憑依し、精神的苦痛を与えた傷害罪。
被害者…その女性は、ハーパルの知人のエクレシアの仲間でもあった。
当時のエクレシアは、現在表舞台に立つ者に比べて社会的地位は、その世界毎で格差があった。
彼女は、所属していた世界ではかなり高位な立場であった…それこそ導き神の分身と呼ばれるほどに。
彼女が、どんな経緯から彼の男性に憑依されてしまったのかは機密情報の関係から伏せよう。
この裁判の判決は…『極刑』
先代の導き神はそれを言い渡すや、その加害者の男は当日中に刑を執行された。
今思えば、あの判決は…現在の時間軸にいる人々からみればどう映っただろうか?
傍聴席にいた少数のギャラリーの反応も多様だった。
衝撃、納得、悲哀…唯一、知人のエクレシアだけはニヤリと笑みを浮かべていた。
あたかも、こうなる事を予期していたかのように。
極刑を言い渡された加害者はその判決に反発するどころか、すんなりと受け入れた。
その場で刑を施行される際に、加害者と被害者である女性は目が合った。
それはほんの一瞬の事…だが、ハーパルは見逃さなかった。
彼等の瞳に彩っていたのは…『侮蔑』『同情』『憎悪』といった負の感情とはかけ離れていた事を。
結果―――加害者はなくなった。
加害者の親族や同胞はおらず、生まれ故郷とは異なる何の所縁のない神界で孤独な幕引きをする事となったのだ。
【とある導き神の回想】
「ふぁー」
「ん…起きたのかい?」
当時の事を回想していたハーパルを現実に戻したのは、ソラの欠伸だった。
「おにゃか、ぐー…」
目覚めたこねこにんはお腹がすいているようだ。
「では、お菓子タイムにしよう」
「ふぅ…あんがとー」
ハーパルが苦笑してそう提案すると、ソラは半分寝ぼけたまま御礼を言う。
(ステラ…これからも、頑張ってくれ)
もしも、この世界が維持できず、崩壊する事となれば…過去に携わった数多の裁判の事例の結果が【無効】となる。
それは、ハーパルのみならずこの世界に案件を一任せざる負えなかった世界の関係者にとっても顔面蒼白な事態となるはずだ。
事実、その可能性を狙って、暗躍する者達が出始めているのだから。
ハーパルは気付いていた。
あの男の裁判の最中に、凄まじい殺気が背後から迸っていたのを…。
少数のギャラリーからではなく、どこか切り離された見えない空間から…何者かがあの裁判を傍聴していたのだ。
複数…ハーパルの見立てだと十名ほど。
自分以外にあの身の毛もよだつ敵意を感じ取っていたのは、先代の導き神だけ。
ハーパルは勘付いていた。
おそらく…男の同胞であり、上位クラスの魔を司る者達だろう。
(…まったく、厄介な荷物を背負わされたものだ)
今は無き先代は世代交代の際にこう言った。
『頼むぜ、ハーパル。お前なら導き出せるよ…きっと』
周りに優秀な人材はいたはずなのに、先代は何故かハーパルを後継者にした。
自分の何に希望を見出したのだろう…今でも首を傾げずにはいられない。
(…悲観してても始まらないな)
任されたからには、職務を全うする。
どんな形であろうと、この世界を守る。
それが、導き神としての宿命であるのだから。
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