【7】左遷宣告の舞台裏
思わず両耳を手で抑えるペロニアとゴウセルがその方向へ同時に目を向けると、緑色の甲冑姿の老人が叫んでいた。
―――【十戒】のガランだ。
暴れるガランを巨人族並の巨体の主…カルマディオスが羽交い絞めにしていた。
「放せい、カルマディオス!」
「落ち着け、ガラン」
「儂は今直ぐ行かねばならん! ヴァイスを一言…いや、言いたい事がぎょうさんある!」
「気持ちは分かるが、まずは任務遂行が最優先だろう。魔神王様直々の命令を無視する気か」
冷静にその事を同僚から指摘されると、ガランはむぅううう…と唸りつつも大人しくなった。
「ええーい、超特急で片づけてくるわァアアア!」
「間違ってもやられるんじゃないぞ」
「生きて帰るに決まっておろう! この【真実】のガランに二言なーし!!」
ガランは廊下を駆け足で移動していき、途中にいたペロニアやゴウセルに目をくれる事無く通り過ぎていく。
そして大きな窓から跳躍して、黒い翼を広げて飛んでいった。
「…怒涛の勢いでしたね」
「実にガランらしい」
ガランの猪突猛進とも言える一部始終のやり取りに、ペロニアは冷や汗を流してぽつりと感想を口にする。
ゴウセルは見慣れた仲間の行動に、ふふっと笑っている。
すると、カルマディオスと目が合い、彼は初めてこちら側に気付いたのか近付いてきた。
「なんだ、ゴウセル…見ていたのか」
「お疲れ様、と言っておこうか」
「見物する暇があるなら、手伝ってほしかったんだが…」
まぁ、人数が増えたところであのじいさんは変わらんな…とカルマディオスは溜息を吐いた。
「この後、どうする? ヴァイスのところで飲みに行くのか?」
ヴァイスハルトが料理上手なのは、ペロニアも知っている。
ここ百年の間に、魔神族の食文化に変化が生じたのも彼の功績のひとつとされている。
ヴァイスハルトのもとに、十戒はたびたび顔を出しに行くのは彼の料理を味わうためだと噂されているが…それは事実だったようだ。
「行きたいのは山々だが、俺も任務がある」
「そうか、残念だ」
「それに、引っ越しの邪魔をするのも野暮だろう」
「おや? お前もてっきり引き止めたい側だと思っていたんだが…」
ゴウセルは意外な顔でカルマディオスを見つめると、彼は(顔半分を兜で隠しているが、おそらく)呆れた顔で答えた。
「選んだのはヴァイス自身だ。こちらの勝手であいつを留めておく方が酷だろう。何かあれば、本人が相談しに来るはずだ」
それで済むだろう、と言うとカルマディオスはそのまま任務へ出かけて行った。
「なるほど…あいつとは意見が合うな」
顎に手を添えて、ゴウセルはうんうんと満足げに頷く。
(そういえば、ゴウセル様達…ヴァイス様を育ててたんでしっけ)
若い世代を除いた【十戒】は、幼子だったヴァイスを養育していた時期がある。
育ての親として…それぞれ方針に差はあるようだが…成長しても子の動向が気になるのだろう。
「さて…早く部屋に戻ろうか、余計な命令が下されない内に」
「…! お、お疲れ様でした!」
自室へ足を進めようとするゴウセルに、思考の波から呼び戻されたペロニアは慌てて頭を下げる。
「あ、そうそう…ペロニア」
厄介な人物に遭遇しない内に部屋へ急ごうとしたペロニアを、ゴウセルは思い出したかのように呼び止めた。
「はい、なんでしか?」
「身体を休めたいなら、まずは面倒な仕事を片付けた方がいい。そうすれば、気兼ねなく休息できるぞ」
言われた事に、確かに…とペロニアは思った。
記録を清書するのは翌日でもできるが、早めに片づけておけば後が楽だ。
「ありがとうございますでし、そうするでし!」
ペロニアは深々とお辞儀すると、ゆっくり浮遊しながら部屋へ直行した。
「仕事を片付けた後のご褒美(スイーツタイム)は格別だ。頑張って、記録してくれ」
離れていくペロニアに、ゴウセルはその言葉を贈る。
鼻歌を唄いながら移動するペロニアには…彼の言葉は届いていない。
彼女の背中に突き立っている闇色の光の矢を眺めながら、ゴウセルは口端を吊り上げた。
【左遷宣告の舞台裏】
「ふぅー、完了したでし~」
一時間かけて、最初に記録しておいたメモ書きを参考にして巻物に清書する作業を終わらせる事ができた。
びっちりと書き込まれた文章を見ながら、ペロニアは達成感を味わう。
「それにしても…スラスラ書けて楽だったでしね」
書き終えてから、ペロニアはあれ…?と疑問を感じる。
普段は、そこまで重要だと思わない話題はあんまり覚えていないのに、今回の議事録は至る個所まで細かく記載できた。
あまりにも濃い内容だったからだろうか…?
「ま、いいか! 水浴びしてからスイーツタイムでし~♪」
ペロニアはあまり気にせず、ルンルン気分で自分の時間を過ごす準備に取りかかる。
その議事録の内容が、後にある人物の行動に間接的に影響を与えてしまうのだが…それはまた別の話。
【おわり】
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