【7】左遷宣告の舞台裏


「…一つ目の任を承ります」


一人目は一番目を選んだ。


(ある意味、妥当な判断でしね)


慎重な性格の彼は、十戒の補佐をするには些か力不足な面がある。

本人もその事を自覚しているから、外界調査を選択したのだろう。


「二つ目の任を是非お願いします!」


間髪入れずに、二人目は大きな声で二番目を選んだ。

ぎらぎらと野望を宿した目で、十戒の補佐役を選んだ男。


(あの人、どのくらい持つでしかねぇー)


おそらく、十戒のうち一人か多くても二人程度の補佐をする事になるだろうが…彼はどのくらい耐えられるだろうか?

見立てでは半年程度だろう。

ペロニアがあれこれと心の中で絶賛ツイートしていると、最後の一人に目が向いた。


(ヴァイス様は…どれを選ぶんでし?)


三人目…ヴァイスハルトは感情を表に出す事なく、平静な表情を浮かべていた。

ペロニアや既に意思を伝えた二人の対象者を含めて、周囲の目が集中する。

突き刺さる多数の視線を諸ともせず、ヴァイスハルトは口を開いた。


「―――三つ目の任を謹んで承ります」

「ええっ!?」


うっかり、ペロニアは驚きの声を漏らしてしまった。

咄嗟に口元を両手で覆うが、周囲のどよめきで目立たずに済んだ。


…ヴァイスハルトが、開口一番に最も行きたくない左遷先を選んだ。


思いもよらない展開に、ペロニアは羽筆を落としてしまうほど混乱してしまう。

彼女だけでなく、先に回答した対象者二名は驚愕を表に露わにしている…傍聴していた他の同胞達も同様だ。

ゾクッとペロニアの背筋に悪寒が走った…本日二度目の感覚だ。

気温が先程よりもぐっと下降している。


その原因はすぐに分かった。

不機嫌そうな表情を隠さないエスタロッサを中心に、幹部クラスの一部が威圧を放っているからだ。

ペロニアの顔がどんどん青ざめていく。

彼等が放つ殺気に似た威圧は、ヴァイスハルトに向かっている。

彼はそれらに臆する事なく、さらりと流して魔神王との会話に集中している。


「では…頼むぞ」

「承知いたしました」

(…しまった、聞き逃したでし!)


ペロニアは気付いた時には、会話が終わっていた。

詳細を訊き終えるや、ヴァイスハルトは立ち上がると踵を返した。


「おい、ヴァイス!」

「ちょっと待て!」


去っていくヴァイスハルトを呼び止めようと、エスタロッサとゼルドリスが声をあげた。

当の本人は立ち止まる事なく、颯爽とした足取りで会場から出ていった。


「話し合うべき議題はまだ残っている。用が済んだ者以外の退出は許さん」


エスタロッサは追いかけようとしたが…魔神王が釘を差した。

まるで、ヴァイスハルトの行動を後押ししているかのように…そう見えたのは、自分だけだろうか?

エスタロッサは小さく舌打ちをして、渋々といった感じで実父の命令に従った。


「面白い事になってきた…そう思わないか?」


おろおろと状況を見ていたペロニアは、かけられた声にハッとした。

振り返ると、そこには【十戒】の一人…ゴウセルが立っていた。


「ゴウセル様…?」

「今までは左遷を決める会合に出るのは億劫で仕方なかったが…今回は出席してよかったよ」


「ほら、お前のだろう?」とゴウセルは床に落ちていた羽筆を拾い上げると、宙に浮いているペロニアに渡した。


「あ、ありがとうございますでし!」


すぐに御礼を言って、頭を下げるペロニア。


「ふふっ、随分と反響を呼んでいるな」


騒いでいる参加者の様子に、ゴウセルは口元に弧を描く。


「…ヴァイスは本当に予想外な事をしてくれる」


何やら、意味深げな発言が出てきた。


「あ、あにょー…それはどういう意味でしか?」


ペロニアは恐る恐る尋ねてみるが、ゴウセルは口元にそっと人差し指を添えた。


「―――静まれ」


激しくなる参加者達の喧騒を戒めるかのように…魔神王がその一言を発した。

周囲が一気に静寂に変わるや、魔神王は有無を言わさない気迫で続ける。


「次の議題に移る」


主からの言葉に、ペロニアは慌てて羽筆を動かしていった。

会議が佳境になるにつれて、一部の者がそわそわしている。


(あの人らはヴァイス様と仲のいい人達でしね…分かるでし、あたしもその辺の事を聞きたいでし)


…ヴァイスハルトが本心から領地運営の選択をしたのか、否か。

本人に真相を訊いてみたい思いがあれど、会合が終わるまでは退出できない。


「今から名を言う【十戒】の者達は至急、現場に直行しろ」


会合が終わる直前に…魔神王は【十戒】に任務を命じた。

それに対し、眉を顰めるエスタロッサを目にしたペロニアは同情を感じてしまう。

すると次の瞬間、エスタロッサはぼそりと小さな声で呟いた。


『ゼル…すまねえけど、終わったらすぐにあいつを引き留めてくれ』


彼は、隣にいるゼルドリスに頼み事をしているようだ。

ペロニアは聴覚がいいため、その内容が聴こえた。

兄の依頼に、ゼルドリスは小さく頷いた。

あいつとは…やはり、ヴァイスハルトの事だろう。


「そして、ゼルドリスよ…後で話がある。ゆえに残れ」

「…ッ! かしこまりました」


あたかもフェイントをかけるように、魔神王はゼルドリスにも命令を下した。

ゼルドリスは一瞬だけ戸惑いを露わにしたが、すぐに真顔に切り替えて了承した。

弟まで動きを封じられてしまい、エスタロッサはギリッと下唇を噛んで剣呑な目で実父を見つめる。

会議が終了した後も、その広間は暫くの間冷気が漂っていた。




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