【6】魔神族の王子の回想
それから俺は座学や修行が終わったら、真っ先にヴァイスがいるあの部屋へ行くようになった。
「きたぞー」
「あーい」
「ヴァイスは今日も眠たそうな顔してるなぁ」
頬を指で触りながら、俺はヴァイスに話しかける事が多かった。
傍にはクローディアがいて、ヴァイスが泣き出したりするとすぐに対応してくれた。
飯を食べさせたり、おしめを取り替えたり…俺もちょっとだけ手伝う事もあった。
「ほーれ、よちよち」
「うーあー」
ヴァイスと一緒にいると、不思議と気分が落ち着いた。
辛かったり、苦しい事があったり…心が荒む事が何度かあった。
その度に、あいつがいてくれたおかげで癒されたんだ。
「ほーら、たかいたかーい」
「きゃっ、きゃっ」
いつの間にか、ヴァイスハルトと過ごす事が日常の一部になっていた。
その事が当たり前だと思うようになっていたある日…
「坊っちゃん、このところ配下の嫡子を気にかけておられるようですね」
「…うん、それがどうした?」
剣術の指南を受けていた際に、チャンドラーがヴァイスの話題に触れてきた。
もしや「必要以上の接触はやめろ」とか言われるのだろうか、と嫌な予感が胸をちらついた。
「その者は…坊っちゃんの目から見て特別なものを感じましたか?」
だが、意外な事にチャンドラーはヴァイスに関連した別の質問を投げかけてきた。
「…まだ断言できないけれど、ヴァイスは伸びしろはあると思う」
俺はその時点で、素直に思った事を伝えた。
ヴァイスには、何か光る素質があるのは確かだった。
すると、チャンドラーは顎に手を当てて暫く考え込むと…
「分かりました。坊っちゃんの意見、参考にさせていただきます」
「さんこうって…?」
「まぁまぁ、その事はさておいて…さぁさぁさぁ~、授業を再開しますぞ!」
うまくはぐらかされてしまった。
あの時、チャンドラーが何を考えていたのか?
…その詳細を知るのは、もうちょい先の事。
*** ***** ***
それから三日後、ヴァイスに会うために部屋を訪れたら…先客がいた。
「メリオダス、か」
「!?……父上…」
―――親父だった。
本来とは別の、働き盛りの壮年の男の姿となっていた。
年を重ねた俺自身を連想させる…そんな容姿だった。
親父と向き合う形で、クローディアは心配そうな表情を浮かべていた。
俺の視線は、変身しても背が高い親父から…クローディアが見つめる先へ移った。
「ヴァイス…」
ヴァイスは、親父の腕に抱かれていた。
赤ん坊なのに濃い闇の気に怯えるどころか、欠伸をしてうとうとしていた。
振り返ってみると…ヴァイスはこの頃から肝が据わっていたように思う。
「父上…なんでここに?」
俺はストレートに疑問を口にした。
「側近から、子の自慢話を耳にタコができるくらい聞かされてな。あやつの誘いに乗って、その自慢の息子がどんな者なのか…見に来たのだ」
「申し訳ありません。夫が恐れ多い事を…」
「構わん。あやつとは長年の付き合いだ、慣れている」
夫の無礼を謝罪するクローディアに対して、親父は「気にするな」と返した。
この時、俺は親父に軽口を叩ける関係の配下がいた事…さらに、そいつがヴァイスの父親だという事に二重の驚きを隠せなかった。
「実際に、あやつの思惑に乗ったのは正解だった。この者は見込みがある」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
クローディアが深々と頭を下げる。
彼女と親父を交互に見ながら、俺は胸が騒いでいた。
はっきりしない不安が押し寄せてきて…親父が、ヴァイスやクローディアに無体をしないかとハラハラしていた。
親父は、眠ってしまったヴァイスを見つめながら口端を吊り上げた。
『○○○、◆◇◇……【忍耀】』
すると、ヴァイスに向かって呪文を唱えるように聞いた事のない言語を囁いた。
どんな発音だったかなんて、もう忘れてしまった。
ただ、最後の『シヨウ』という部分だけが印象に残っていた。
…あの時の親父の顔だけは、今でも覚えている。
懐かしい、此処にはいない親しい人と再会できたような…淡い喜びに満ちていた。
思い返してみると…親父はヴァイスではなく、ヴァイスを通して他の「誰か」と重ねていたのかもしれない。
そして、あの単語はその人物の【名前】を指していたんだと思う。
結局、ヴァイスとは遊べないまま親父と共に部屋を後にした。
俺は、親父の隣を歩いていた。
こんな風に親子二人でいるなんて、今までなかった。
何を話せばいいのか分からなくて、暫く無言のまま歩を進めるしかなかった。
「メリオダス」
沈黙を破ったのは、親父だった。
「お前はどうしたい?」
「ヴァイスのこと…?」
「お前の回答次第で、今後の方針を検討する。暇つぶしの話し手なら…」
「ちがう!」
親父の言葉に、俺は大いに反応してしまった。
「ヴァイスはおれの友達だ。ヴァイスは将来、おれに仕える男にするんだ!」
「くくっ…この父を差し置いて、己の配下にしたいか」
「おれが先に見つけたんだ、いくら父上でも譲りたくない!」
「そうか、そうか…その心意気や良し。他の者達に奪われんように精進しろ」
からかう口調だったが、親父の目は至って本気だった。
幼いながらも俺は察した。
親父は隙あれば、ヴァイスを自分の手元におくつもりだと…。
見え隠れする執着に、背筋に冷たいものが走った。
それを顔に出さないように、俺は虚勢を張るのに必死になった。
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