【5】禪院家の少年との邂逅
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「あの小童共…禪院家の者だったな」
その日の夜…夢の中で、宿儺は今日の出来事を振り返るように言った。
「ぜんいん…ご三家さんの事?」
「その通り、平安時代からあの一族は血統を絶やさずにいたようだ」
直毘人とその兄は、御三家のひとつ…禪院家の者だった。
伊織は、父から聞いた話を思い出す。
『御三家との付き合いは慎重にする事』
『加茂家は、裏で正妻を含める女性陣が暗躍する事が多い。
彼女らの行動を注視していき、安易な情報に惑わされないように』
『五条家は、現在の当主が代替わりする際に跡目争いが起きる確率が高い。
現状で二人の候補がいるが、どちらかを一方的に肩入れしないように心掛ける事』
『禪院家は、特に注意が必要だ。
最近、中立派の勢力を取り込もうと本家と分家で嫁候補を探している。
麗子は既に婚約者がいるが、あちら側には一般的な常識は通用しない。
強硬手段を取られないように、麗子…それに伊織も気をつけなさい』
4人の子ども達の前で、真剣に説明する父の姿が…伊織の目に焼き付いている。
本宮家は、随分昔は御三家とは仲が良かったようだ。
それが明治時代に起きたある事件がきっかけで、その関係性は一変してしまう。
当時、本宮家の娘が東方面の土地に住み着く特級呪霊を鎮めるために嫁入りする事となった。
【呪霊婚】と呼ばれるその風習は、知性がある呪霊を限定に行われていた中立派が編み出した浄化の儀式の一種でもあった。
本宮家の娘は、その土地の特級呪霊と交渉した結果、彼の者と生涯を共にする事で、人々に危害を加えないと縛りを交わした。さらに、双方は会うたびに距離を縮めていき、愛し合う仲となっていた。
本宮家の主導のもとで婚礼の議を行う事で、娘と呪霊は結ばれ、東方面に作られた小さな神社を拠点にささやかだが幸せな人生を送るはずだった。
だが、そんな両者を引き裂く悲劇が起きてしまう。
…その娘に思いを寄せていた禪院家の次期当主。
…特級呪霊の討伐を狙っていた五条家の当主の懐刀であった術師。
…さらに、本宮家の勢力を削ごうと画策していた加茂家の重鎮。
本来は仲が悪いはずの三勢力の利害が一致してしまった事により、最悪のシナリオを生んでしまった。
婚礼の前日に、禪院家の間者により娘は拉致されてしまう。
彼女を人質にする事で呪霊を誘き寄せて、呪霊は五条家の術師により討伐されてしまった。
目の前で、伴侶となるはずだった呪霊を祓われてしまった娘は自害してしまう。
『あの方以外の殿方に操を奪われるくらいなら、私はあの方と共に黄泉の国へ向かいます』
禪院家の次期当主にそう言い放ち、迷わずに胸に小刀を突き立てたのだ。
娘の亡骸を目にして絶叫する禪院家の次期当主と、呆然とする五条家の術師。
そんな彼等の前に現れた当時の本宮家当主は…冷酷さを滲ませた顔でこう告げた。
『…非常に残念だ。
袂を分けてしまう結果を作った貴殿らには、それ相応の制裁を加えなければならない』
その後、禪院家の当主は異なる人物が任命され、五条家の術師は変わり果てた姿で河原で発見された。
さらに暗躍していた加茂家の重鎮は、精神病を患い、生涯幽閉されたという。
そして、本宮家は…本来の主である藤基家の傘下へ戻り、現在では中立派を拡大させた功労者として知られている。
本宮家が行った報復措置は、現在でも呪術界では語り継がれている。
あまりの恐ろしさに上層部でさえも迂闊に手を出す事ができない
…所謂、暗黙のルールが出来上がっている。
「ケヒッ、やはり久路斗の血を受け継ぐだけの事はある。
あやつの冷静に見せかけた大胆な行動力と敵に対する苛烈さは、俺ですら目を見張るものがあった」
「それ…ほめてるんですか?」
「大いに誉め言葉だろ」
なんか嫌だな…と伊織は微妙な表情を浮かべずにはいられなかった。
「ところで、伊織…何故距離を取る?」
今日は、伊織の夢の領域内にいる。
宿儺と距離を置いて、縁側で座っている事を…彼は怪訝そうに訊いてきた。
「『人様の膝の上に乗っかるのは、淑女として恥ずかしいからやめなさい』と母様から言われました」
宿儺と会うたびに、彼の膝の上に乗せられている事を伝えるや、母からそう注意を受けた。
姉からも「今度、すーさんがふら…ごふごふっ、不適切な行動をしてきたら、きっぱり断っていいのよ」と優しく教えてくれた。
「それがどうした?」
理由を言ったところで、宿儺はやはり鼻で笑って一蹴する。
いつも通り、浴衣の首根っこを掴むと、伊織を膝の上に座らせる。
「どうせ、お前は俺のものになるんだ。
膝に乗せようが乗せまいが、俺の勝手だ」
「私は、すーさんの栄養分になりたくないです」
「なら、俺の手下になれるよう励めばいいだろ」
「えぇー…」
「おい、なんだその顔は」
「気に入らん」と伊織の右の頬をぐにーと引っ張る。
餅のように柔らかい少女の肌は、癖になる感触だ。
(…食すのが勿体ないな)
ふと、先程の話の内容に出てきた単語が頭をよぎる。
―――【呪霊婚】
現在では廃れてしまったその儀式を生み出した中立派の思考は、まさに呪術師の典型例で…イカれている。
心を通わせたとされる特級呪霊と本宮家の娘は…
仮に事件がなかったとして、果たして思い描く運命を辿れたのだろうか?
(…ふん、くだらん)
こんな事を考える事自体、馬鹿げている。
呪いとなった己は、生前同様に自らの欲に忠実に生きていく…それだけだ。
【禪院家の少年との邂逅】
「むぅ…」
「眠たいなら寝ろ」
宿儺の言葉に甘んじる形で、伊織は瞼を閉じる。
「…好みに育て上げるのも一興か」
すぅすぅ…と寝息を立てる少女を見つめながら、宿儺は口端を吊り上げてよからぬ企みを思いつく。
それが、後に後悔に繋がってしまう事を知らずに…。
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