【5】禪院家の少年との邂逅
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「うーん…」
宿儺とのやり取りから1ヵ月後、伊織はデパートを訪れていた。
「伊織、気に入ったものはある?」
「なかなか難しいです」
「時間はあるから、じっくり考えていいわよ。
決まったら言ってちょうだいね」
母は微笑を浮かべてそう言うと、少し離れた場所にある着物を取り扱う御店に行った。
『…まったく、女の買い物が長くなるのはどの時代でも共通か』
「すーさん、買い物イヤなんですか?」
『必需品は基本的に手下共に任せていた。
欲しいものはその都度奪っていたな』
「すーさんの家族は?」
『親の顔は覚えておらん。所帯を持った事もない』
先日、縛りを交わした事で、現実世界でも宿儺と会話できるようになった。
傍から見れば、女の子が一人で喋っている奇妙な光景である。
普通であれば、畏怖や忌避の感情が強く出てしまうものだが…
伊織の容姿が整っており、ポヤポヤとしている…所謂、マイナスイオン的な要素を漂わせているためか、
通りがかる人達の大半は『不思議系な可愛い女の子』と肯定的に捉えており、ほんわかと癒されているようだ。
宿儺もそれを感知しており、伊織がある意味厄介な性質を持っている…と眉を顰めてしまう。
このところ、宿儺は面白くない。
思い描いていた当初の計画が、すっかり破綻してしまったからだ。
本来なら、伊織に契約印を施した事により、彼女が実の家族や周囲から疎まれて孤立していき、最終的に宿儺しか頼れない状況を作り上げる。
そうする事で、伊織が従順な手下になれるように仕立て上げる…というのが筋書きだったのに、番狂わせが生じてしまった。
それは本宮家の家族仲が良好であり、彼らの絆が深かった事。
契約印を施した術師が宿儺であると判明しても、両親はもちろん姉、兄達は伊織を見捨てなかった。
それどころか、両親はさらに伊織を気にかけるようになった。
姉の麗子は「ロリコン呪物を破壊する方法を探してやる!」と意気込み、古い文献を収集したり、呪具を探すのに夢中になっている。
次兄の栄二に至っては「両面宿儺って卵が好きみたいだから、卵料理を食べさせたら懐柔できるんじゃない?」と意味不明な提案をしてきた。
その発言の所為で、朝・昼・夜の食事に必ず卵料理が一品加わるようになり、伊織に食べさせるようになってしまった。
おかげで、伊織が卵料理を領域内に持ってきて食べる事が日課になりつつある。
美味いからいいが…そろそろ飽きてきたのが本音だ。
(一番の原因は…あの小僧だな)
頭によぎるのは、伊織の兄である本宮慶一。
彼が家族や使用人達に上手く説明して、伊織の居場所をなくさないように手を回したのだ。
穏やかな笑みを浮かべる面の裏側は、どのようにドロドロした漆黒の負の感情で彩られているのだろうか…
苛立ちと若干の興味が胸の中で渦巻いていると、伊織の声で思考が中断される。
「このぬいぐるみにしようかな…」
『雛の人形か』
「かわいいと思いません?」
『間抜けな面構えだ』
「すーさん、シンラツすぎるよ。ひなちゃんがかわいそう…」
よしよしと雛のぬいぐるみを撫でる伊織。
内側にいる宿儺はふんっと鼻で笑っている。
この人の中には、【優しさ】というものが埃の一塊も存在しないと改めて感じた瞬間だった。
…どこまでも自己中心的な王様だ。
「母様に言わないと…」
母を呼びに行こうとしたその時、横からやってきた誰かにぶつかった。
きゃっと危うく後ろに倒れそうになったが、背中を支えられた事で難を逃れた。
「おっと、あぶねぇな…」
「すみません、ありがとうございます…」
支えてくれたのは、年上の子どもだった。
年齢は慶一と同じくらいだろうか、和服を着た短めの黒い髪の活発そうな男子だ。
「どういたしまして。おちびちゃん、一人か?」
「母様と来てます」
「そっか…んん?」
男子がジッと伊織の顔を見つめる。
「翡翠色の瞳…どっかで見た事あるな」
「……はい?」
「この間の茶会の時にたしか…」
「直毘人、そこにいたのか」
すると、長い黒髪を後ろで纏めた中学生くらいの男子がやってきた。
顔が目の前の男子…直毘人と似ている事から兄弟なのかもしれない。
「あー、兄貴。ちょっとな」
「その子どもは?」
「知り合ったばかりのおちびちゃんだ」
にこやかに笑いながら言う直毘人は、伊織の手を握っている。
握る必要ないのに…と伊織は手を引っ込めようとしたが、直毘人がしっかりと握っているので離れられない。
ふーん…と直毘人の兄は胡乱げに視線を向けてくる。
「迷子なら店員に任せるべきだ」
「そうだな、俺探してくるよ」
「それは従者の役目だ。
お前…此処に来た目的を忘れたわけではないだろうな?」
冷たい眼差しを向けられ、伊織はビクッと肩を震わせる。
直毘人の兄は、赤の他人には優しくないタイプだと感じた。
「おいおい、兄貴…そんな睨みつけるなよ。
ほら、おちびちゃんがビビってるぜ」
「あの…私、一人で行けます」
「…だそうだ。いい加減、開放してやれ」
直毘人の兄が命令口調で手を離すように促すと、直毘人は肩を竦めて握っていた手を緩める。
手が自由になると、伊織は「ありがとうございました!」と頭を下げて御礼を言うと早足でその場を去る。
着物を取り扱う店で、店員と話している母を見つけるや、伊織は母にしがみついた。
「どうしたの?」
母が小首を傾げて尋ねるが、伊織は顔を見せずに緩慢に首を横に振る。
「母様…ここにいていい?」
「いいわよ」
娘が何かを怖がっていると察したのか、母は優しい声音で了承した。
それから、買い物を終えた母とデパートのレストランでアイスクリームを食べてちょっとだけ心が落ち着いた。
あの二人の男子と再び遭遇する事はなく、家に帰宅してようやく安堵したのだった。
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