シークレット・メモリー
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「すーさん、ひどいよ!」
宿儺が領域内の玉座で転寝していると、珍しく伊織がやってきた。
ぷんぷんと分かりやすく怒っている伊織が真下で抗議の声をあげる。
「なんだ? 騒がしい…」
「ヘンな模様をおなかにつけたでしょ!」
「ほぉ…それがどうしたというのだ?」
「おなかの模様を見て…父様がピリピリしてて、母様が泣いているの」
伊織は悲しそうに顔を俯ける。
宿儺はハンッと鼻で笑った。
伊織の両親は、娘が契約印を施されているという現実をどう受け止めたのか。
…それを容易く想像できたからだ。
「…で、俺を責めに来たと」
「おなかの模様とってください」
「ケヒッ、断る」
母親は大方、見ず知らずの者に肌を触れられてしまった娘の事を嘆き悲しんでいる。
父親の方は…政略の駒にできなくなった娘を突き放し、見捨てる選択をしたに違いない
解呪を断られて、伊織は「いじわる!」と潤んだ目で宿儺を睨みつける。
「そんなに両親が大事か?」
「大事です!」
「そうかそうか…」
そういった直後、玉座から瞬く間に姿を消した宿儺。
普段の如く、伊織の浴衣の首根っこを掴んで捉えていた。
「お前は可哀想な子だなぁ、伊織」
「はーなーしーてー」
「今は乳臭い小娘だが、成長次第では器量の良い女になれるやもしれん。
藤基家と連なる家系となると、喉から手が出る程欲しがる輩は少なくない。
お前を嫁に欲する男共が現れるのは目に見えて分かる…」
だがな…と宿儺は口端を吊り上げて、こう続ける。
「契約印を施されたお前は…即ち、異性に肌を許した傷物とみなされる。
施した術師が、呪いの王である俺と分かれば、唯では済まされんのは明白。
伊織…お前はどう足掻いても、俺のものになるしか選択はないという事だ」
宿儺の言葉を聞いた伊織は、ガーンとあからさまにショックを受けた心情を顔に露わにする。
難しくて上手く理解できないところもあるが、自分をお嫁さんにしたがる人達が多いのは分かった。
「だれかいい人のお嫁さんになれるといいね」と母と姉から時々言われている。
伊織も、両親のように一人の伴侶を一途に愛して、大切にしてくれる人のお嫁さんになれるといいな…と頭の片隅で思っていた。
だが、それはもう叶わない夢になってしまった。
自分は宿儺のご馳走になる未来しかない…
その解答が頭の中で容易くイメージできてしまったからだ。
「やだやだやだ~!
すーさん、私、お肉ついてないから美味しくないよー!」
「肉はこれからつければいい。
成長期を迎えるのだ、食事は抜くなよ?」
反論は許さない。
宿儺の有無を言わさない気迫に、伊織はぼたぼたと涙を零し始める。
「うぅ…お残しはしません」
食事をする時、母から「好き嫌いはしないように」といつも言われている。
特定の食材で体の調子が悪くなる場合を除いて、出された料理は残さずに食べないと作った人に失礼に当たるからだ。
「よしよし、いい子だ」
素直に言う事を聞いたからか、宿儺は機嫌を良くして、伊織を膝の上に乗せると彼女の頭を軽く撫でる。
「そうだ…聞いておきたい事がある。
この領域内での事は、家族に伝えているのか?」
「父様と母様には…内緒にしてます」
「他の兄弟は?」
「麗子姉様と栄二兄様にも言ってません」
宿儺の米神がピクッと動いた。
「伊織よ、忘れていないか?」
「……」
「惚けるな。お前にはもう一人…兄がいたはずだ。
契約印のおかげで、お前と視界を共有できるようになった…誤魔化しはきかんぞ」
「えぇ~!? それじゃあ、夜遅くにこっそりクッキーを食べたところも見てました!?」
「そんな些細な事はどうでもいいわ。
話をずらすな…もう一人の兄は知っているか否か答えろ」
「慶一兄様には…伝えてます」
伊織が観念したようにぽそっと小声で答えると、宿儺はチッと舌打ちをする。
「何故、その兄には教えた?」
「話しやすいから。
麗子姉様はすごく心配しちゃうし、栄二兄様は困った顔して考え込んでしまうんです」
宿儺の脳裏に、伊織の姉と兄達の姿がよぎる。
伊織の視界を通して見た三人の印象は…
本宮麗子…妹をこよなく愛しているどことなく面倒くさい感じの女子。
本宮栄二…年の近い兄の方。きさくで社交が上手いが、難題に直面するとやや思考にはまりやすい男子。
この二人はまあいいとして、問題は長兄であり、跡取り息子である本宮慶一だ。
伊織の話と視界で得た情報では、慶一は聡明で温厚な男子である…表向きは。
おそらく、慶一は家族の…本宮家の害となりうるモノを躊躇いなく排除できる人間だろう。
長年の経験から、そういう思考の者はなんとなく分かるのだ。
「すーさん?」
「おい、慶一から何か縛りはさせられたか?」
「しばり…お約束の事だよね?
すーさんとの事は『ちょっとした事でもいいから話してね』ってお願いされました」
(先手を打っておるとは、なかなかやるな…)
二度目の舌打ちをする。
こちらの情報は事実上、筒抜けであるという事か。
こうして、伊織と話をしている時点であちら側は何かしらの手段で対抗しようと画策しているに違いない。
(ならば、こちらも…対応せねばな)
【呪いの王は、少女と縛りを交わす】
「伊織、縛りを交わすぞ」
宿儺がニヤリと挑発的な笑みを浮かべている。
…伊織は知っている。
こんな風に笑う時、宿儺はいつも意地悪な事を考えているのだ。
「お断りです」
「戯けが、拒否は受け付けん」
むにーと両の頬を伸ばすと、伊織は「うにょらー」と目を細めて意味不明な声をあげる。
「そんなに不服か…なら、特別にお前の要望も聞いてやろう。
その代わり、今から提示する縛りは必ず守れ」
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