シークレット・メモリー
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(…つまらんな)
宿儺は瞼を閉じ、溜息をついた。
己の死後、手足の指が呪物となって以降、彼は自らの生得領域で退屈な日々を過ごしていた。
時折、思い出すのは生前の出来事。
1,000年前、呪術が最盛期の時代…宿儺は大いに人生を謳歌していた。
手下である専属料理人の裏梅の料理に舌鼓を打ちつつ、立ち向かってくる呪術師や腕の立つ呪詛師との闘争を繰り広げていた。
大量の血を被り、数多の屍の上に立つ…まさに刺激的な日々であった。
圧倒的な力を持つ宿儺の前では、どんな術師であろうと叶わなかった。
一部例外を除いて…
『邪魔をするなら、お前は制裁対象だ』
そう、ただ一人…自分と同等の、いやそれ以上の力を持っていた男がいた。
―――【藤基久路斗】
初めて対面した時、宿儺はいつになく血沸き肉躍った。
その身に秘めた禍々しい邪の力と清浄な聖の力。
相反する力を持ちつつも、巧みに操る技量はまさに神の領域に等しいレベル。
宣言通り、容赦なく宿儺に一撃を叩きつけて、地面に大穴を作った久路斗。
思わぬ形で登場した敵に、宿儺の心は屈辱とは異なる…興奮と歓喜の色に染まっていた。
『煩い、それでも食べて黙ってろ』
同等に戦える猛者に挑み続けるのは…強者として必然の所業。
だが、宿儺が住処に訪れるたびに、久路斗は盛大に顔を顰めて、宿儺の口目掛けて食べ物を投球してきた。
基本は茹でた卵で、握り飯や新鮮な野菜、中には舶来の製品である見た事のない菓子もあった。
なおかつ、それらは美味だった。
久路斗自身、料理の腕前も玄人並だった。
後に、彼が娶った精霊の混血児である巫女や仲間達も彼の作る料理を絶賛していた。
『俺よりも上の奴は大勢いる』
だが、本人は…料理の腕前は親族の方が上だと常々言っていた。
久路斗の妹…治与子とは面識があったが、宿儺は彼女の事は少々苦手だった。
治与子は、久路斗とは異なる謎の力を秘めた主であり、一戦交えるにしても戦略を練る必要があると感じたからだ。
「…懐かしいものだ」
振り返るたびに、当時の事が鮮明に蘇る。
基本、宿儺は他人に興味がない。
いつだって自分の物差しで物事を判断し、不快であれば女や子どもでも容易く殺めてしまう。
久路斗だけが…現在に至るまで、宿儺が生涯の好敵手として認め、関心を抱く存在だ。
過ぎ去っていく長い年月の中で、久路斗の血を受け継ぐ者はいるのだろうか?
途中で血脈が絶えていないだろうか…
そんな些細な事を考えながら、暇つぶしをしていた。
そんな退屈な日々に、変化の兆しがもたされたのは二年前。
ある屋敷に、己の死蝋が一時的に置かれる事になったのを…間接的に宿儺は察した。
『兄さま、これなあに?』
幼い女子の声が耳に伝わった。
その身に膨大な呪力と別の力が混在しているのを…宿儺は感知した。
これは面白い…!
一か八か、女子に力を飛ばして干渉できるか試してみた。
結果は…成功だった。
女子が眠りについている間、彼女を自分の領域内に連れてくる事ができるようになった。
―――【本宮伊織】
久路斗と巫女の血を受け継いだ藤基家から派生した家の娘。
初めて目にしたその娘は4歳になったばかりの幼女だった。
白茶色の肩まで揃えた髪、巫女と同じ翡翠色の瞳、そして呪力と混ざる形で久路斗と似通った別の力を小さな身体に宿していた。
伊織は、幼いながらも肝が据わっていた。
己の正体を明かしても、怯え泣き喚くどころか「ほわぁー」と目を夜空の星のように輝かせながら質問攻めしてきた程だ。
試しに対価として、伊織にその命を捧げろと命じてみたが、彼女は「イヤ!」とハッキリ断った。
家族を身代わりにする気かと遠回しに脅してみると、さらに「イヤ!」と断固拒否の姿勢を貫いた。
その代わりに…茹でた卵を生成して、献上してきたのには内心驚いた。
よもや、己の力の一部を自発的に行使できるとは…
その上、夢の中で生得領域に似た空間を作り上げていたのだ。
(くくっ…いい原石を見つけたものだ)
宿儺は、唐揚げを食した指先をべろりと舌で舐めとる。
捕食者がいるにも関わらず、その膝上で伊織はスヤスヤと眠りに落ちている。
これからの成長次第で、この幼女は化けるやもしれない。
いい事を思いついた…と名案が閃いた。
「俺からの誕生日の“祝い”だ。受け取れ…」
伊織の腹部に手を翳し、己の呪力を注いでいく。
幼子が耐えられる程度に力を抑え、確実に呪印を馴染むように刻んでいく。
「完成するまでに、精々足掻いてみせろ」
今回、施した呪印は十二分の一。
これが完全な契約印となった場合、伊織は宿儺を主とした…主従関係を結ぶ事になってしまう。
呪術界に知られてしまえば、非情な洗礼を受けるかもしれない。
「ケヒッ…楽しませてもらうぞ」
全ては自分の好奇心と快楽のため。
たった一人の小さな女の子に…
呪いの王は、世にも強烈で残酷な誕生日の品を与えた。
【呪いの王は、少女に呪いを刻む】
この時、宿儺は想像すらしていなかった。
「すーさん…いえ、両面宿儺さん。勝負しましょう」
「私が勝ったら、契約はなしにしてくださいね」
成長して、知恵を身につけた伊織から思いがけない提案をされる事を…
「ならば、俺が勝利したその時は―――」
何より…己の心境が時と共に大きく変化してしまい、伊織に大きな執着を抱いてしまう事を。
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