シークレット・メモリー
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「あの小僧、やりおって…ッ」
宿儺は苛立っている。
右前の手で拳を作り、玉座の土台である牛骨のひとつを即座に粉砕するくらいに。
伊織があの教会へ足を踏み入れた瞬間、強烈な力が流れ込んできて、彼女と共有していた繋がりを強制的に断ち切られてしまった。
その所為で、声が聞き取れなくなった。
視界の方も、人や呪霊を含めて景色全体に色がなくなり、白黒状態となっている。
(見えるだけでも、よしとするか)
色のない映像は、現実世界にある白黒テレビのようだが、差して不自由ではない。
意識を伊織の方へ戻すと、彼女は教会の一室に招かれていた。
そこで、教会に仕える尼僧と母親が話をしている最中、兄の慶一と外へ向かった。
どんな会話をしているのか…内容は分からない。
ただ、これだけは分かった。
…伊織が泣いていた事。
視界には伊織の姿は見えないが、感情の一部が流れ込んでくるため、彼女の悲しみが伝わってきた。
そして、慶一が彼女を泣き止むまで慰めていた事。
彼のかける言葉のひとつひとつが、負の感情に覆われ、心が傷ついている妹を癒していく様子が見えた。
どんな言葉をかけたのかは不明だが、なんとなく想像はできる。
「…気に入らん」
慶一の行動一つ一つが気に障る。
今まで鬱陶しいと感じていたが、この一件でさらに嫌悪感が増した。
唯の小僧の分際で、己の贄である少女の心が闇に堕ちぬように支えている。
その事実に、チリッと焼け付くような感覚がした。
…不快だ、大いに不快だ。
宿儺は、胸をざわつかせる形容し難い感情に苛立ち、舌打ちをする。
「…まぁいい」
伊織が夢の領域にいる時に、教会内での事を尋問しよう。
あちらでの出来事は逐次話すように、縛りを設けたのだ。
伊織の性格上、きちんと話してくれるだろう。
(小娘め、兄に泣いて縋る暇があるなら、俺に傅けばいいものを…)
伊織が泣いた理由が、己である事は分かり切っていた。
その中に、日頃の己の所業が関わっている事はなんとなく察していた。
反抗してきた際に、頭を割らないように力を調整して刺激したり、幼子が耐えられる程度の強さで頬を引っ張る事が不満のようだ。
慶一にその事を告げ口したのは業腹だが…
(今日は頬を撫でるだけにしておくか)
「遅い…!」
異変に気付いたのは、伊織が就寝するのを見届けて10分程度経過した頃だ。
普段であれば、伊織が自らの領域に足を踏み入れ、その入り口の光の道筋が現れる。
彼女がこちら側に来る時も同様だ。
その現象がないという事は…
(伊織が拒絶している…いや、違うな。
…何者かが介入している)
眠っている対象者の夢の領域へ入り込める術…【夢渡り】
宿儺や伊織が使用できるそれは、誰にでも使える訳ではない希少な能力だ。
つまり、犯人である人物も同様の術を使えるという事。
「ふざけた事をしてくれる…」
宿儺は、牛骨を左前の手で一つ宙へ投げるや、人差し指を宙で横に振る。
牛骨は細切れになり、ぼとぼとと鮮血色の池に落ちていく。
「俺の贄に手を出す事がどういう意味か…思い知らせる必要があるな」
それから、宿儺は視界を通じて現実世界の伊織の同行を探った。
相変わらず、伊織と会話ができない状態が続いている。
伊織は、普段と変わらない生活を送っている。
いや…心なしか、気が楽になったように笑う回数が増えた気がする。
(人の気も知らずに…呑気な奴め)
宿儺は青筋を立て舌打ちしつつも、観察を継続する。
見た限りでは、差して変わらない日常を送っている。
…ある一点だけを除いては。
(また“あの場所”か)
伊織は週に3回、ある場所を訪れている。
…あの【ヴァルハラ教】という異教を崇める教会に。
初回の時に対応していた尼僧が快く迎え入れ、伊織は礼拝堂にある武装した女神像を前に傅くと手を組んで祈りを捧げる。
それと同時に、ズキッと宿儺の頭に痛みが走った。
(間違いない…事の元凶は此処だ)
伊織が最初に教会を訪れた時に、流れ込んできた強烈な力は【神気】だった。
平安時代から約1,000年の間に、日本には様々な外の国の民が来訪し、それと共に宿儺の知らない宗教も伝来されたのだろう。
ヴァルハラ教…なんとも厄介な宗教団体だ。
神気に満ちているあの教会内では、宿儺の力が大幅に制限されてしまう。
伊織に介入する事ができないに等しい。
(だが、方法がない訳ではない)
強敵と邂逅したり、武力では解決できない難題に直面した場合、宿儺は冷静に思考を働かせるようにしている。
…慢心は命取りとなる事を知っているからだ。
(手っ取り早い方法は【憑依】だが、『媒体』が必要だ。
俺の呪力に馴染める依り代となるものが、身近にあればいいのだが…)
【呪いの王は、少女を取り戻す算段をする】
ふと、脳裏にある物体の事がよぎる。
伊織が日頃傍において、大事にしている『アレ』
「…心許ないが、この際仕方あるまい」
宿儺は眉を顰めつつも、その媒体へ呪力を注げないか試してみる事にした。
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