【20】リスタート・クエスト(マルチエンディング 2)
傑は瞬きを数回すると、俄かに信じられないと言わんばかりに右頬をパシッと叩く。
「私は…夢を見ているのか?」
「いいえ、現実ですよ」
舞香がきちんと夢ではない事を告げると、傑はばっと彼女の両肩に手を置いた。
「本当に…」
「でも、いくつか伝えておきたい事があります」
フェイントをかけるように、舞香は言葉を続ける。
「私は聖職者です。もし、お付き合いをしたとしても…結婚は許されません」
ヴァルハラ教団の聖職者は、基本的に婚姻はできない決まりとなっている。
シスターとなった舞香は、傑と想いを寄せ合う恋人となっても結婚は許されない。
もしも、結婚する道を選ぶならば、還俗しなければならなくなる。
「私は聖職者となり、主神レナス様に忠誠を誓った以上、その任を全うしたいと考えています。
それから、もうひとつ…これは本宮家の秘密についてです」
「それは…優月先生の件にも関わっている事かな?」
切なそうな表情で聞き返す傑に、舞香は目を伏せてこくんと頷く。
一年前、ある出来事をきっかけに、優月は完全に精霊になった。
舞香がエージェントの名前を授かった時点で、叔母は進化しかかっている状態だった。
いつかは人間ではなくなる事は覚悟していたが…
傑や他の呪術師達の前で、精霊へ進化してしまったのは想定外だった。
舞香は語った。
本宮家の先祖の事や、精霊の血が流れている事…
そして、血族の女子は人としての死後、もしくは特殊な方法を行使し続けると精霊になりやすい事。
「今後、私も何かのきっかけがあれば、精霊になる可能性があります。
そうなったら…人間として生活する事が難しくなります」
精霊は呪霊と同様に、特殊な体質の人を除けば、一般人には見えない存在だ。
呪術師でも、完全に視認できる人は少ない。
人外の存在となれば、普通の人としての生活は困難となる。
だから、優月は領域を生み出し、人間の世界から去った。
―――愛おしい
「私との将来を選ぶ事は、とても大変な…茨の道を進む事にもなります。
傑さん…どうしますか?」
この時点であれば、まだ引き返せる。
舞香の事を振って、友達として歩んでいく道もあるのだ。
仮に、傑が「諦める」選択をしても、舞香は受け止めるつもりだ。
傑はふぅ…と軽く息を吐くと、徐に唇を動かした。
「残念だよ、舞香ちゃん」
「いいえ、気にしないで…」
「私の気持ちが…そんな生半可なものだと思ったのかい?」
舞香はえっ…と目を丸くする。
傑が眉根を寄せながら、厳しい口調で返してきた事に少々驚いてしまった。
「聖職者は止めなくていい。
舞香ちゃんが、シスターを続けたいなら、私はそれを尊重する。
結婚しなくても、共に歩む方法はいくらでもあるからね」
「でも…」と舞香が言いかけるが、唇に人差し指を押し当てられる。
「君への想いが、風船のように簡単に萎んでしまうと思われた事自体が心外だよ。
いいかい? 私はね…一人の女性にこんなに強い感情を抱いたり、苦しめられるのは初めてなんだ。
君の事を親しい友達だと思っていた頃には…もう戻れない」
―――『友達』でいる事を止める
傑がその選択を拒んだのは、ある種の決意表明でもあった。
親友のように、年季の入った激重感情には届かないかもしれない。
禪院家の天邪鬼のように、嫌われ覚悟でストーカーする程の執着心には及ばないと思う。
それでも―――
「人間ではなくなる事に、どこに問題がある?
私からしてみれば、そんな事は些細な事だ。
例え、君が呪霊に成り果てようとも、精霊に生まれ変わったとしても…
この命が絶えるその時まで、強引に【契約】を交わしてでも、私は君の傍に居続ける」
己の人生をかけて、目の前にいる想い人を守り抜く。
世界のすべてが敵になろうとも、自分だけは舞香の味方として支えていく。
…それくらいの強い覚悟はある。
傑がそのように力説すると、舞香をギュッと抱きしめた。
「愛している、舞香。
私の人生を捧げるから、君のすべてを…私にください」
舞香は悟ってしまった。
この人からは逃げられない…と。
「本当に…困った人」
同時に、自分の人生を預けてもいいかもしれないと素直に感じた。
「そんな男にしたのは、君だよ。
責任はきちんと取るのが筋じゃないかい? シスター」
舞香の頬を手で触れながら、傑は彼女の耳元で甘く痺れる声で囁いた。
背筋にそわそわっ…と刺激が走る。
不思議とそれが心地よくて、舞香はふふっと思わず口元が綻んでしまう。
「ありがとう、傑さん」
感謝の言葉を紡いだ舞香は、心を揺れ動かす程に美しい。
彼女のその表情が愛おしい。
その身も心も…全部、全部欲しくてたまらない。
きめ細やかな彼女の白い頬に、傑はそっと口付けを落とす。
互いに目が合うと、そのまま引き寄せられるように唇を重ねる。
夜空の上で、全ての花火が輝き終わるまでの間、二人はキスを交わし合った。
「人が少なくなりましたね」
「9時を回ったからかな、ちょうどいい感じだ」
時刻は午後9時15分。
寺から祭りの会場に戻ると、先程よりも人はまばらになっていた。
帰宅する人々をよそに、二人は屋台を見ていると…
「あのお店…」
傑が、隅のところでアクセサリーを揃えている屋台を発見した。
「いらっしゃいませ」
薄紫色の少しウェーブの入った長髪が特徴的な女性が、笑顔で挨拶してきた。
傑がへぇ…と品物を興味津々で眺めている中、舞香は「あっ…」と思わず声を漏らした。
「どうしたの?」
「いえ、素敵なものがいっぱいあると思いまして」
舞香は笑って誤魔化しつつ、ちらりと店主である女性に視線を送る。
傑の目が逸れている隙に、女性がこっそり口パクで「内密に」と話してくれた。
(今年は、この方が担当なのね…)
実は、舞香は女性と面識がある。
以前、異世界【クロト=メグスラシル】へ赴いた際に知り合った人だ。
端的に言うと、ヴァルハラ所属の【エクレシア】である。
リエから聞いた話だと、エクレシアは定期的に異世界の祭りやイベント等に参加する。
目的は、その世界に関する情報収集がメイン。
他にも、人々が賑わうハレの行事で悪行をする輩や組織がいた場合は、問答無用で捕縛・処罰する事。
ちなみに、屋台で販売するアイテムの売上は、担当するエクレシアの収入源となるそうだ。
眼前にいるエクレシアは、普段は別の世界を活動拠点にしているのだが…
おそらく、イベント参加の当番が回ってきたので此処にいるのだろう。
「ブレスレット、二つください」
「はい、お買い上げありがとうございます」
商品を見ていた舞香達以外のカップルが次々と購入している。
販売している手作りアクセサリーの売れ行きは上々のようだ。
「すみません、お勧めはありますか?」
傑が店の売れ筋商品を尋ねた。
店主は「それでしたら…」と真ん中に置かれている商品を紹介する。
「こちらの指輪に使用している石は、特殊なものを使用しています。
耐久性が優れており、どれも衝撃で傷つきにくく、温度変化にも耐えられます。
10種類ある中から選べますが、いかがでしょうか?」
「舞香、この中で好みの物はあるかな?」
「そうですね…」
傑から問いかけられ、舞香は10種類ある指輪をジッと観察していく。
指輪に使用されているどの石にも純度の高い魔力…いや神力が宿っている。
視線を一往復させて、彼女の目に留まったのは…
「こちらです」
淡い青色…まるで大空を思わせる色合いの石を使った指輪。
不思議とその石に惹かれたのが理由だ。
彼女の回答を聞くや、傑が「すみません」と手を挙げた。
「こちらの石の指輪を二つ、お願いします」
「かしこまりました。お手数ですが、御二人の指のサイズを測ってもよろしいでしょうか?」
店長からお願いされ、指のサイズを測定してもらう。
指輪の選定のため、店長が作業している間、傑が隣にいる舞香にそっと小声で話しかけた。
「折角だから、恋人になれた記念のプレゼント」
彼の言葉に、舞香は柔らかな笑みを浮かべる。
「次も、一緒に夏祭りに行こうか」
「ええ、行きましょう」
指輪を受け取り、岐路に着く中、来年の予定を含めた話をしていく。
お互いの指を絡めながら手を繋いで、二人はゆっくりと歩を進めていった。
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