【14】契約しましょう
【契約しましょう】
「市ね…加奈にお願いがあってきたの」
いつもの如く、庭掃除をしていると珍しい来客が来た。
近江の城主、浅井長政の正室であり、あの魔王の実妹でもある市であった。
「あの…お市様」
「様付けしないで」
「じゃあ…お市さん」
「“さん”もいや」
身分的には、国のトップの妻であるのだから「様」をつけるのは当然なのだが、市は加奈にそういう呼ばれ方をするのを嫌がる。
首を小さく左右に振って、「普通に名前で呼んで」とうるうるした小動物のような瞳で訴えてくる。
うっ…と加奈はたじろぎながら、仕方なさそうに別の呼称を口にする。
「それじゃあ…お市ちゃんで」
「それでいいわ」
一国の姫君にかなり失礼な言い方をしている気がして、申し訳ない気分だ。
だが、当の本人がぱぁと一輪の可愛らしい花の様な笑顔になったので、それでよしとするしかない。
「ところで、お市ちゃんは何のご用でこちらに?」
本題を切りだすと、市は神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。
「加奈……ここの生活は慣れたの?」
「えっ…ああ、はい」
「一人でさびしくない? 他の天女様達はこないの?」
質問を次々と繰り出す市。
加奈はしどろもどろになりながら、「まあ、慣れましたし…」「皆さんも色々と多忙なので」と返答していく。
加奈の答えを聞いていく内に、市は憂いのある表情へなっていく。
「そう…天界って実は過酷なところなのね」
「えっ! いやいやそうではなくてですね…」
市の思考は、いささかネガティブ傾向が強い。
魔王の妹である故か、幼い頃から信長の傍若無人な人生を傍らで見てきたために、自虐的になりやすいのだ。
とある事件で、市は加奈と出逢った。
加奈にとっては、絶世の美女と名高いお姫様と出逢ってラッキーだったかな…と一般庶民がアイドルにあえた感覚だった。
だが、予想外の事態が起こった。
市が…加奈に対して「友達になってほしい」と頼んできた事だ。
加奈にとっては、驚愕な告白だったものの、こんな私でよろしければ…という流れで友達関係を築く事となった。
「だいじょうぶ…市、加奈がさびしくならないようにある事をお願いしに来たのよ」
「えっ? 一体何を…」
「ねえ、加奈…。市とね、形式契約をかわしてほしいの」
それを聞いた途端、加奈は運んできたお菓子を載せたお盆をカランカランッと落としてしまった。
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