コゼットの日記
○○回目のレーム帝国滞在時、私はいつも通り屋台で商売をしていた。
人気メニューは、トマトとバジルソースを使ったリゾット。
レームの人々は、トマト料理を好む。
長年の泰平の世を築いているこの国では、市民階級の人々の衣食住が完全に保証されている。
農作物を耕す広大な領地があり、水道設備も整っている。
市民にとってはとても快適で恵まれた国だろう。
けれども…彼等の代わりにすべての労働力を担うのは『奴隷』
戦争捕虜や人身売買により、全てを奪われてしまい、戦勝国の手足となってしまった身の人々。
人としての尊厳を…権限を…自由を…奪われてしまう。
この世界の国のほとんどでは、奴隷を使役するのが当たり前になっている。
なんと恐ろしく、醜く、悲しいシステムだろうか…。
世界には二つの側面がある。
いわばコインの表裏と同じように…。
煌びやかな光がある一方で、吐き気を催す邪悪な闇があるのだ。
私の生まれ故郷…国でも、私が仕えていた【ある少女】を王女の身代わりにして、国を成り立たせていた。
本物の王女は、赤子の頃に儀式の失敗で、顔に火傷の跡が残ってしまい、さらに病弱であった。
若くして病に伏した国王は、宰相に側室の連れ子を身代わりにするように言った。
国を…民を守るために、王と宰相はまだ何も分からない無垢な幼子を利用したのだ。
でも、私に非難する資格はない。
義理母の代から、彼女の世話役を担い、残酷な真実を14歳を迎えるまでひた隠しにしていたのだから。
それでも…私の仕えていた王女は、偽物だろうと関係ない―――彼女だけだった。
これだけは本心。
最後の最後で…強国の王子の凶刃から庇って守る事ができて本望だった。
ふと、昔を回想していると…借り家の扉を控えめにノックする音が聞こえた。
「どうぞ」と返事をすると、金のウェーブがかった長い髪を揺らし、可愛らしい美少女が入ってきた。
「こんばんは、コゼット…」
「いらっしゃいませ、シェヘラ」
彼女は、シェヘラザード。
前の日記にも書いたけれど、この国の最高司祭であり、マギ…創世の魔術師でもある。
シェヘラを他国の誘拐犯から救い出して○○年(二桁)。
今では、互いに名前で呼び合って、気兼ねのない親友関係を築いている。
私がレーム帝国に滞在している時は、彼女は必ずお忍びで夜中、この家にやってくる。
勿論、一人だけじゃなく、信用している護衛もつれて。
家の外では、現在彼女が選定した【王の器】の男性がいる。
名前は、イグナティウス・アレキウス。
レーム帝国の有数の貴族、アレキウス家出身の若者だ。
ちなみに、彼は私が女性である事、エクレシアである事を知る数少ない理解者でもある。
いつものように、私は特製ハーブティーをシェヘラへ差し出す。
お茶が大好きな彼女は、私の淹れたハーブティーを美味しそうに飲んでくれる。
「今日は、どんな試作品をつくったの?」
シェヘラの顔は、期待に胸を躍らせる、感情が見え隠れしている。
こうしてみていると、外見通りの可愛い少女そのものだが、実年齢は三桁を超えているのだから驚きだ。
シェヘラは特殊な術で分身体をつくって行動している。
本物のシェヘラは、別の場所にいる。
想像以上に、長い年月をかけて生きているため、もう自力では歩く事もできない身体なのだ。
遠い昔、シェヘラが選定した最初の王と仲間達が残したこのレーム帝国は、彼女にとって愛すべき存在なのだ。
これはあくまで想像だけど…
その最初の王は、シェヘラにとって単なる【王の器】だけの人物ではなかったのかもしれない。
思い出話をする時…特に、その王の事を語る際のシェヘラの顔は、慈愛とは異なる、
異性に対するほのかな淡い恋心に彩られていた。
あたかも…叶わない恋だと思ってても、遠くから大切な人の幸せを願っている、
そんな気持ちも微かに感じた。
「今日の試作品は、コレ」
「これって…」
「ミニドラちゃん達が作り上げた【道具】を利用してつくったもの…トマトゼリーよ」
「あの妖精の子達が…」
この世界では、魔法道具というものがあるが、ジンがいるダンジョンにしかなく、一般には流通していない。
科学分野もまだ確立されていない時代で、食材の鮮度を保つ事は、料理人にとって重要課題だ。
だから、私はクロト=メグスラシルから一緒に同行している仲間
…ミニドラちゃんにお願いして、冷蔵庫を製作してもらった。
『裏ワザにも程がある』って文句を言われそうだけど、美味しい料理を作るためなのです。
寛大な目でみていただけたら嬉しいわ。
ゼリーの材料をトマトにしようと思ったのは、同じエクレシア仲間の言葉がヒントになったから。
以前、クロト=メグスラシルのお店にいた時に、その人…普賢さんに冷たい
フルーツゼリーを御馳走した事があった。
『野菜のゼリーやシャーベットも食べてみたいな…』
なかなか面白い発想だった。
野菜を使ったデザートをつくりたいというチャレンジ精神が芽生え、手始めにトマトを使ってみた。
トマトは万能な野菜だ。
生でも煮ても食べられるし、サラダやソース、スープにもなる。
彩り鮮やかで、子どもから大人まで親しみがある、まさにうってつけの野菜。
今回のゼリーは、三回目の試作品。
果たして、シェヘラの舌に合うかしら…?
「これっ…本当にトマトなの? 甘くて口当たりがいいわ…!」
その言葉を聞けて、私は心の中でガッツポーズをとる。
これは成功だ…よし、後は見栄えを整えてお店にだそう。
新しいメニューができた事に喜んでいると、シェヘラが真顔で声をかけてきた。
「ねぇ、コゼット…」
振り返り、「なに?」と聞き返すと、シェヘラは思いもよらない提案をしてきた。
あまりにも凄い事だったので、思わず口をぽかーんとあけてしまった。
続きを書くには…ああ~…まず頭を落ち着かせないといけない。
詳細はまた次の機会に書きます。
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