ルシュの思い出メニュー
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「こちらが【ハヤシライス】です」
目の前に置かれたメニューを、俺はじっと観察した。
匂い、ソース、材料…どれもカレーライスとは違っている。
このソースの色は…どちらかと言えば、ビーフシチューに近い気がした。
視線をメニューからマリエの方へ移すと、彼女はにこやかな顔でこう続けた。
「どうぞー、お召し上がりくださいませ」
「…あぁ、じゃあ…いただきます」
食べるように勧められ、匙で一口ライスとソースを掬い、それを口へ運ぶ。
七回ほど咀嚼して、ごくっとそれを喉へ通した。
口内に広がる味に…俺は匙を持つ手の握力を強める。
休める事無くすぐさま匙でライスと具、ソースを交代に掬っていき、口へ入れていく。
「…………美味い」
その一言を発したのは、ハヤシライスを半分くらい食べ終えた頃だった。
薄切りにした牛肉のほど良い柔らかさと旨み。
炒めた玉葱の甘さとシャキシャキした触感。
カットした肉厚のマッシュルームの香りと歯応え。
それらがトマトの甘みと酸味のバランスがいいソースと絡まり、複雑だけれど濃厚な旨みを引き出してる。
さらに、ほのかに甘味のあるライスがそのソースを包み込む。
それによって、ソースだけでは濃厚すぎる味を緩和させていく事により調和を生み出している…!
つまり、ソースとライスは比翼連理の関係にあり、互いにいなくてはならない相棒。
双方が合わせる事で、素晴らしい一つの料理となるのだ。
「よかった、よかった。お口に合ったようですねー」
マリエは味の感想が嬉しかったようで、笑みを深くする。
俺が世辞でなく、本心からそう言っていると分かっているのだ。
そして、自分用に用意したハヤシライスを食べ始めた。
「んふふ…おいしー」
一口食べて、マリエ自身も上手く作れたと確信したようだ。
満足そうに笑う姿が…なんか可愛らしいと思った。
「いいですねー。こういうの」
「えっ…?」
「一人でご馳走を味わうのもいいけれど、誰かと一緒に食事をしながら、
美味しさを分かち合える事はもっと素敵な事だと思いません?
心がぽかぽかとあったかーくなりますよー」
その言葉を聞き、俺の脳裏に昔の記憶が蘇った。
*** ***** ***
『さぁさぁ、今日はみんなの日頃の努力を評して慰労会を行うぞ~』
『マスター、過度にワインを飲むのは控えてくださいね』
『イラッち。君はそういう所が生真面目なんだよー。
こういう時は無礼講だ、無礼講!』
『マスター、食材の準備ができました!』
『いいねー、アセどん。
宴には欠かせない重要アイテムの目白押しv
よーし、肉フェス決定!』
『うわっ…テーブルいっぱいに肉がオンパレードしてるよ』
『アセッド、野菜も準備しないとダメでしょう』
『むっ…肉以外もあるではないか』
『ポテトは、野菜のカテゴリーには入らないわよ』
『私、用意してくるね。ルシュ、手伝ってくれる?』
*** ***** ***
定期的に師が開催していた慰労会。
師と同じ鍵使いである仲間達と共に食卓を囲み、食を通じて喜びや悲しみ…
感情のやり取りを行い、彼等との繋がりを強くしていった。
(あぁ…忘れてたな、この感覚…)
大いなる使命の遂行のため、孤独な道のりを歩む事となった。
いつ頃からだろう、食事がただ身体を維持するためだけのエネルギー補給の習慣になっていったのは…?
つい先程まで、その事実をごく当たり前に受け入れていた事に…動揺している自分がいる。
(だからか、普段食べてる物よりも美味く感じたのは…)
長い時を過ごす中で、値段の張る味の良い料理をいくつか食してきた経験はある。
それでも、忘れ去っていた記憶を掘り起こし、空虚な心を埋めてくれた嬢ちゃんが作ったこのハヤシライスには敵わないと感じた。
「おかわり、いかがですか?」
食べている最中のマリエからそう訊かれた。
自らの皿に視線を落とすと、何時の間にか完食していた。
「…お言葉に甘えて、頼みます」
「りょーかいしましたー」
それから、俺は五回ほどおかわりさせてもらった…大盛りで。
その向かい側にいた嬢ちゃんが、俺を上回るかなりの量を食べていた事に度胆を抜かれたのだが…
それはまた違う機会に話そうか。
兎にも角にも、これが当時の『俺』と外見からは想像できない健啖家で、変わり者の嬢ちゃん
…【マリエ】との出会いだった。
【出会いのハヤシライス】
「いいねぇ、この匂い…」
厨房から漂ってくる、あの匂いに…シグバールは瞼を閉じて口角を上げる。
「ロクサス、今日のメニューはなに?」
「【ハヤシライス】だって」
「マジで! 肉多めにしてもらおー♪」
「デミックス、サラダもきちんと食べてくださいね」
今の仲間達が和気藹々としているのを薄ら開いた目で眺めながら、シグバールは思った。
(あの頃、嬢ちゃんの【ハヤシライス】を食べていなかったら、どうなってただろうか…)
多分、どんな料理を食べても何の感慨もなく、ただ目的のためだけに
生き続ける機械になり果てていたかもしれない。
(…それにしても、ラッキーだな。久々にリエの手料理を食えるのは)
元正規メンバーで、不定期で機関の城へ戻ってくるリエの料理はどれも絶品だ。
毎回、彼女の料理を味わうたびに遠い過去となってしまったあの時の事を思い出してしまう。
「きっと…味が似てるからだな」
「何の話だ?」
「くくくっ、ナ・イ・ショ」
仲間の一人が不思議そうに尋ねると、シグバールは愉快そうに笑ってはぐらかした。
「皆さん、お待たせしました」
そうこうしてる間に、お待ちかねの時間が来た。
リエは優しく微笑みながら、一人一人の前に綺麗に盛りつけたハヤシライスの皿を配置していく。
「いただきます」と食事の挨拶をして、各々のメンバーがその料理を味わい、
顔に歓喜と至福という感情の色を彩っていく。
「ふぅ…たまんねえな」
一匙食べて、シグバールは満ち足りた表情で感想を口にする。
―――【美味しい物を分かち合える幸せ】
それを実感しながら、彼は箸を進めていった。
【つづく】
・
