ルシュの思い出メニュー
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「…あー、その…」
「お腹空いてます?」
マリエは小首を傾げてストレートに訊いてきた。
「…ちょっと色々あって」
「なるほどー」
ぼやかしたが、マリエはふむふむと納得したように頷いた。
「仕事が忙しくてお腹が減りすぎて、でも料理を作る力も出ない…って感じですかね?」
「ああ、まぁ、そんなところ…かな」
金を落として水生活しているだなんて、絶対に言えない。
言葉を濁したおかげで、マリエは自己流にこちらの事情を推測してくれた。
…大体合ってるけれど。
「あのー」
「ん?」
「もし、よければ…手伝ってくれますか?」
突然、何かを提案しようとしている女子に…当時の俺は困惑した。
一体、何を手伝わそうとしているんだ?
訝し気に見つめると、マリエはまるでまったりした猫のように笑みを浮かべる。
「実は夕食を作りすぎちゃいましてねー…私だけだと消化しきれなくて。
ルシュさん、ちょうどお腹空いてるみたいだからよければ食べに来ませんか?」
「………じゃあ、お言葉に甘えて」
続けて言われた内容に、俺は少し間をおいて二つ返事してしまった。
飯につられて素直に言う事を聞いてしまったのは、今振り返るとうっかりしていたと思う。
それだけ冷静な判断ができないくらいに、俺は(空腹に)追い詰められていた…ってハナシだ。
マリエの住処は、アパートの向かい側にある一軒家。
狭い庭がある年季の入った小さな和風な家で、前の大家が住んでいたところも丸々受け継いだようだ。
婆さんがいた頃は邪魔する機会はなかったため、中に入るのはなかなか新鮮だった。
「こちらでお待ちください」
マリエにそう言われて招かれたのは、リビングルームだった。
つい最近改築したのか全体的に新しい構造になっている。
床は畳が敷かれ、木製の長机が設置されていた。
すぐ近くにある大きい窓からは庭の風景が見えた。
洗濯物を干すための物干しが設置されており、その周辺には数種類のハーブが植えられている。
(あのハーブ、薬でも調合するのかね…)
和と現代的な要素が喧嘩せずに共存した空間を作り出しており、あたかも時を忘れさせるような
…穏やかな気分になれる。
「失礼しまーす」
耳に聴こえてきたのんびりした声音。
そちらへ目を向けると、マリエが湯気の立つ茶碗を運んだ。
「緑茶だけど、いけます?」
「あぁ…一応」
「緑茶の苦みが嫌いな人もいますからねー。
だから、ダメだなーと思ってたらこれ使ってくださいな」
そう言って、嬢ちゃんは俺の前に茶碗を置くと…その隣に白い角砂糖入りの容器を置いた。
さりげない気遣いに感心しつつ、そのまま緑茶を一口飲んだ。
もともと紅茶の方を好んでいたが、器を変えていった影響か、苦みのある飲み物も
舌が受け付けるようになった。
マリエが淹れた緑茶は美味かった。
まろやかな味わいで、甘みと苦みのバランスが良い。
すると、マリエがちょっと聞いてもいいですかーと質問を投げかけてきた。
「ルシュさん、苦手な食べ物ありますか?」
「いや、特にないな」
「じゃあ、いけるかな…食べるのを手伝ってほしいメインのメニューは【ハヤシライス】なんですよー」
「はやし…ライス?」
聞いた事のない料理名だった。
俺の心情が伝わったのか、うーん…と嬢ちゃんは首を捻りながら口を開いた。
「【カレーライス】は知ってます?」
「ああ、それなら…」
「【ハヤシライス】はですねー…【カレーライス】と似てるようで違うメニューなのです。
起源となった国も違うし、土台となるソースの味や具材も異なります。
共通点は、どっちもおいしい事です」
分かるようで分からない…何とも言えない説明だ。
そもそも共通点自体、人によって味の好みが異なるのだからあまり意味がないのでは…?
そう思ったが、ツッコむのは野暮だから大人しく頷いておいた。
「じゃあ、持ってきますね」
マリエはとことこと台所に一旦戻った。
茶を啜りながら、マリエがその料理を持ってくるのを待つ事にした。
気分晴らしに部屋を見ていくと、やや離れた場所にある棚に写真立てが置かれていた。
遠目だからハッキリと見えないが、映っているのは五人で…おそらく家族写真だろう。
(あの子、一人暮らしなのか? それとも…他の家族も住んでいるのか…)
日常の一部と化している些細なモノだろうと、その対象者の情報を紐解くアイテムとなる。
いくら力があっても、それだけでは生き延びる事は難しい。
そのために、観察力や洞察力に磨きをかけなければならなかった。
危険な場所でもないのに、ついいつものクセで周りを見てしまうのは…決して悪い事ではないはずだ。
「お待たせしましたー」
ゆったりした声と共に、ほのぼのした雰囲気を纏わせたマリエがメニューを載せたお盆を両手にやってきた。
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