ルシュの思い出メニュー
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※とある人物の回想話
※王国心Ⅲのネタバレが含まれています。
閲覧の際はご注意ください。
※作中で描かれているロストマスター達の行事は、この小説内の想像の産物です。
※小説内のアセどんさんは、お肉が大好き設定にしています。
*** ***** ***
あれは、何回目の器の時だったか…。
一番最初の自分の姿を捨てて、三桁単位の年数に突入しそうで振り返るのが
面倒くさくなったから覚えていない。
「やばい…」
この当時の姿は、大人になって間がないくらいの若造だった。
その日の俺は、器になってからの人生の中でランキングトップ5に入るぐらいのピンチを迎えていた。
「…腹が…減った」
そう…凄く空腹だった。
それを聞いて笑う奴もいるかもしれないが…想像してみてほしい。
仕事帰りで船で町へ帰っている途中に魔物に遭遇してしまった。
なんとか倒したと思ったら、滑って海へ落ちそうになって、代わりに財布が入った荷物が海底へ沈んでいった。
仕事場から報酬を渡されるのが、五日待たなければならない…という現実。
実体験してみれば、笑う事なんてできないはずだ。
帰宅後に住んでいるアパートの冷蔵庫は一日分しか食べる物が残されていなかった。
…結果、なんとか工夫して少量ずつ食べ物を摂取し、水でしのぐしかなかった。
俺は師に当たる人物から、ある使命を与えられた。
それを遂行するために、長い年月をかけて器…肉体を変え続けなければならない。
使命は大事だ…
大事だが、この時の俺にとって最優先する事は飢えを満たす事であった。
人が生きていくために必要な三大欲求のひとつは「食欲」である。
いくら強い猛者であろうとも、食欲が満たされないと従来の力を十分に引き出せない。
…下手をすれば、生死に関わってしまう。
(…報酬が手に入るまであと24時間か)
まとまった金が手に入るまであと一日となった。
もう部屋にはわずかな調味料以外にめぼしい物はない。
金が手に入ったら、真っ先に食糧を買い込もう。
なんなら、普段はあまり行かない値段が少々高めのレストランにチャレンジしてみるか?
いや…値段もお手頃で、おかわり自由な飲食店の方がいい。
(酒がほしい…いや、味のついている果実ジュースでもいいから飲みたい)
そう思いながら、コップのスレスレまで入れた水を二回ほど飲む。
いい加減、味の変わらない液体だけでなく固形物を口に入れたい。
(……きっつー)
たった一日…されど一日。
だが、空腹が限界値に達しようとしていた。
住んでいる部屋の壁にもたれかかり、出来る限り体力を消耗しないようにする。
頭の中は、食べたい物の事ばかりで埋め尽くされていく。
瞼を閉じて眠ろうか…と思えど、なかなか寝付けない。
(…水飲むか)
とりあえず、少しでも空腹を和らげるために水分摂取する事にした。
ゆっくり立ち上がり、再び水道の蛇口を捻ろうとしたその時…
「すみませーん、いらっしゃいますかー?」
扉をノックする音が響いた。
合わせて、聞き覚えのない女性の声も…。
(…誰だ?)
セールス関係者か怪しげな新興宗教の勧誘だろうか…。
そういう類の人物は無視するに限る。
女性が去って行くまで、物音を立てないように様子を見る事にした。
「向かいに住む大家でーす。引継ぎが終わって、挨拶回りに来ましたー」
だが、女性が続けて告げた事に、俺は玄関を開けざる負えなくなった。
住んでいるアパートの大家は、年老いた小柄の婆さんだった。
高齢ゆえに体調がすぐれなくなってきたためか、近々次の人に大家業を継がせると
事前にアパートの住民に周知していた。
億劫な気分で扉を開けると…そこには案の定、その人物が立っていた。
「はじめまして」
思っていたよりも…若い。
小柄な身長と外見から、十代の真ん中をようやく過ぎようとしている学生に見える。
「102号室のルシュさんですね?」
「ああ、はい…そうだけど」
「改めまして…先週からこちらのアパートの大家となりました、マリエ・アルカンシェと申します」
新しい大家の嬢ちゃん…マリエは笑顔で挨拶してきた。
明るい茶色のうなじが隠れる程度の髪で、糸目のほんわりした、まったりした…
小さな猫を連想させる女子だ。
「…お嬢ちゃん、あの婆さんの孫か?」
「いいえ、ちがいますよー」
前大家とは家族関係ではない、とさらりと返された。
遺産やらなにやらを引き継がせるのは、普通なら血縁関係者である。
血の繋がりのないマリエと婆さんはどんな関係なのか…?
この時点の俺は知らなかったが…
大家業を引き継がせるくらいだから、相当彼女の事を信用しているのだと思った。
「何度か挨拶しに来ましたが、留守だったので…今日お会いできてよかったです」
マリエの言葉に、俺は気まずくなって目線を逸らした。
五日前までは仕事で不在だったが、それ以降は空腹を紛らわしたり、疲れを癒すために専ら眠っていたのだ。
一度眠ると、誰かに声をかけられてもなかなか起きない性質なので、その所為で目の前の女子は
時間を割かなければならなかった。
もし寝ていたら、彼女にまた手間をかけさせる事になっていただろう。
「すまない…俺の所為で手間を取らせてしまって」
「いえいえ、こうして会える事もできましたし、本当に良かった…」
――――ギュルルルル…
会話を邪魔するかのように、盛大な腹の虫が音を立てた。
…俺は顔を引きつらせて笑うしかなかった。
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