リスタート・クエスト 閑話集


午後8時15分…舞香はギルドに報告書を提出した後、変身を解いて私服に着替えると食堂に向かった。

食堂の中は、仕事が一段落した人達がそれなりにいるようだ。

単独で食事を取っている人もいれば、ぽつりぽつりとグループを作って談話している人達もいる。



「よぅ、さっきぶり」



本日のメニュー表を眺めていると、甚爾がやってきた。



「甚爾さんも今から夕食ですか?」

「ちょっと、ギルド長と話しててな…」



言葉を濁しながら理由を語ると、甚爾はメニュー表に視線を巡らせる。

本日の定食は三種類あり、メインは【ポークステーキ】【鮭のムニエル】【肉じゃがコロッケ】だ。

甚爾は、早々と「ポークステーキ、でかいサイズで」と注文した。

舞香は少しの間逡巡してから、肉じゃがコロッケを選んだ。



「舞香ちゃん、甚爾さん、こちらですよ」



メニューを選んで、座る席をどこにしようかと視線を彷徨わせていたら、

リエが奥の長いテーブルの席に腰かけていた。

小さく手を振って、「一緒に食事を取ろう」と誘ってきた。

お言葉に甘えて、御相伴に預かる事にした。



「さっきは大変だったな」



ポークステーキを一口サイズに切りながら、甚爾が口にした初めの言葉はそれだった。



「いえ、私はただ話に参加させて頂いただけですよ」


「それでも、あのじじい相手に反論できただろ。

ああいう芸当はなかなかできねえよ」



大抵の非術師は、直毘人の圧に耐えられない。

術師であっても、彼相手に反論する人はほぼいない。

禪院家当主であり、特別一級呪術師という地位と実力がある事から、畏縮してしまう者が大半だ。

身内や同等の地位にいる者以外で、反抗的な態度を示すのは余程の実力者か、怖いもの知らずだけだろう。

ポークステーキと白飯を交互に咀嚼しつつ、甚爾はそう語った。


舞香は確かに…と納得する。

それにしても、ギルドは京都にも支部があるのに…

直毘人が、わざわざ東京本部の方を訪れたのは何故だろうか?



「禪院直毘人さんは、京都支部の方では有名人ですよ」



舞香の疑問に答えたのは、リエだった。



「10代~20代くらいまでは、京都支部に定期的に通っていたようです。

上層部からの依頼で、情報収集をしていたのでしょうね」


「あのじじいの事だから、【本命】は別だっただろうな」



甚爾が視線を斜め下に向け、口にした意味深気な発言。



『直さんはね、子どもの頃からずっと恋に囚われているんだよ。

幼馴染であり、私の大事な家族でもある…【妹】にね』



祖父経由で、話は聞いていた。

直毘人は少年時代から、大叔母の伊織に好意を抱いていた。

妻帯者となり、当主となった今でもその気持ちが衰える事なく、海外にいる彼女を探している。


直毘人が、任務依頼で「ウィッチ」を指名してきた事を思い出す。

彼は、初代ウィッチが大叔母であった事を突き止めている可能性が高そうだ。



「さすがに、目立たないように行動していましたが…

数十年前、当時のギルド長さんにバレてしまい、抗議を受けたそうです。

それ以来、京都支部に通わなくなった…とお聞きしました」


「…で、こっちで依頼したってか。回りくどい事をしやがる」



甚爾は呆れた表情で言いながら、「嬢ちゃん、早く食べないと冷めるぞ」と、

舞香に食事をするように勧めた。


舞香はこくりと頷くと、肉じゃがコロッケのひとつを箸で割って口にした。

サクッとした歯ごたえのある衣。ほくほくのジャガイモの触感。

お肉、人参、玉ねぎがたっぷり入っており、出汁の旨味がしみ込んでいる。

肉じゃがとコロッケの両方を楽しめる味わいに、舞香は自ずと顔を綻ばせる。



「禪院さんは、また訪れるかもしれませんね」

「その辺は、ギルド長とも話し合ったが…また同じ事しでかすようなら、出禁にするってよ」


「そんなんじゃダメだろ」



リエと甚爾の会話に入り込むように、第三者の声が聞こえた。

リエと甚爾の視線が、こちらへ集中している。

舞香は不思議そうに横を見ると…



「あっ…悟さん!」

「こんばんは、舞香」



いつの間にか、悟が隣に座っていた。

補足説明すると、一般人でも食堂を利用できる。

ポークステーキ定食を机の上に乗せているから、彼も此処で夕食を取る事にしたのだろう。



「あのじいさんが出禁処分されたくらいで、大人しくする訳ないじゃん。すぐ別の方法で接触してくるぞ」

「分かってるよ、それくらい…つーか、なんでいるんだよ?」

「礼拝しに来た時間が遅かったから、此処で食べる事にしたんだよ」



「うそつけ」と甚爾は、涼しい顔でポークステーキを一口齧り、咀嚼する悟をジト目で見つめる。

大方、いつもの舞香の見守り(という名目の付きまとい)だろう。

直毘人と同じく、教団やギルド関係者からも目をつけられているというのに、悟はどこ吹く風だ。



「舞香、コロッケの味はどう?」

「美味しいですよ」

「俺も一口食べたいなぁ~」

「はい、どうぞ」



悟の御皿に、肉じゃがコロッケを一個置いた。

悟は頭上に「♪」を浮かべながら、嬉しそうに頬を緩める。



「じゃあ、俺もこれ一切れ、あげる」

「ありがとうございます」



仲良くおかずを交換する少年少女。

傍から見て、見守りたくなるようなやり取りに見える。

片方が、シスター見習いの少女の事を狙っているストーカー男子だと分からなければだが。

舞香からもらった肉じゃがコロッケを、ご満悦そうに味わう悟を見ながら、甚爾は渋い表情を浮かべる。



「明日、教団とギルドの定期ミーティングがあります。

そこで、今回の件を踏まえて、これからの対策について話し合う予定です」



鮭のムニエルを上品に食べながら、リエは明日の予定について話す。

形はどうあれ、敵対する勢力が依頼人という立場を利用して、ギルドに不当な要求をしようとした。

この一件は、教団側も見過ごす訳にはいかなくなった。

それゆえに、今後の対応について、ギルドと議論していく流れとなったそうだ。



「「ごちそうさまでした」」



食事が終わり、舞香とリエは両手を合わせて挨拶をする。

〆のリンゴをしゃくっと齧りながら、甚爾はふと口を開いた。



「なんつーか…嬢ちゃんとリエさん、似てるな」

「えっ?」

「あら、そうですか」


「ああ、食事終わりの挨拶も息がピッタリというか、見事にシンクロし合ってる。

…まるで、双子の姉妹のようだな」



「双子」という言葉に、舞香は小首を傾げる。

姿は勿論、年齢も異なるのに、そのように表現するのは余程二人の動作が重なり合っていたのか。



「舞香ちゃんが『妹』ですか…いいですね」

「私も、リエさんのような【お姉さん】がいると嬉しいです」



正直、悪くないなと思った。

リエが傍に居ると、不思議と心が穏やかになれる。

生まれた時から、ずっと一緒にいたかのように…

安心して、自分の背中を預けられる頼もしい存在だ。


リエがふふっと笑いかけると、舞香も自ずと口元を緩める。

ふわふわしたマイナスイオンが漂い、周囲が和やかな空気に包まれる。

それを面白く思わないのか、むすっとした顔の悟が口を開いた。



「舞香! この後、送っていくよ!」

「えっ? でも、悟さんは…」

「大丈夫、一人で帰宅するのは物騒だろ。だから、一緒に帰ろう」


「嬢ちゃんが住んでる寮、目と鼻の先だぞ」

「うっせーよ! とーじは黙って茶でも啜ってろよ!」



ツッコみを入れる甚爾に、悟は「余計な事言うな」と噛みつく。

ぎゃいぎゃい騒ぐ二人をよそに、リエはこそっと耳元である提案を囁いた。



「折角だから、デザートのおかわりをしてから帰りません?」

「そうですね…」



二人のやり取りを横目で見ながら、舞香は微苦笑しつつ小さく頷いた。



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