リスタート・クエスト 閑話集


「禪院直毘人様…!」

「な、入らなくて正解だろ」



禪院家の当主が、直々にギルドの東京本部にいる。

テレビドラマであれば、事件や騒動の幕開けを予感させる場面だ。



(なんで、来たのかしら…?)



直毘人が、ヴァルハラ教団の事を快く思っていない事は、身内経由で聞いていた。

わざわざ、教団が運営するギルドを訪れたのには、余程の理由があるのだろうか?



「禪院甚爾というエージェントはいるか?」

「申し訳ございません。個人情報に関わる事は、部外者の方にはお教えできない決まりとなっております」



聞こえてくる会話から、甚爾に会いに来たようだ。

当の本人は苦虫を嚙み潰したような顔で、「めんどくせぇな」と零す。


直毘人の素性は、ギルドの職員も知っている様子だ。

御三家の当主相手に媚びる事なく、臆する事もなく、毅然とした態度で接している。

東京本部の職員だけあって、こういう事態に慣れているのだろう。



「ならば、話を変えようか。依頼がしたい」

「…かしこまりました。詳細をお聞かせ頂けますか」



突如、話題を切り替えてきた直毘人に対して、対応していた40代くらいの男性職員は訝し気に

眉を寄せつつも、彼に依頼の内容について聞き返した。



「依頼内容は一ヶ月後、京都の禪院家別邸にて行われる宴の手伝い。

エージェントは―――【ウィッチ】を指名したい」



直毘人が言った依頼内容に、舞香はドキッとした。

何故、彼はウィッチの名を出してきたのか?

そもそも、ウィッチがエージェントである事を知っている…?

困惑する舞香の胸中をよそに、建物内の彼等の会話は続いていく。



「エージェントの個人指名は、Bランクの任務からという規定となっております。

仰る内容では、最高でもCランクとなりますので指名する事はできかねます」


「ほぉー…禪院家直々の依頼に対して、平職員である貴様ごときがランクを決めていいと?

話にならんな…ギルドの長を呼べ!!



男性職員の説明が癇に障ったのか、直毘人は声を荒げた。

常に余裕の態度を崩さない印象の彼が、珍しく苛立ちの感情を露わにしている。

直毘人の瞳に狂気の色が宿っているのが見えて、ゾクッと悪寒が走った。

すると、甚爾が軽くぽんっと肩を叩いてこう告げてきた。



「嬢ちゃん、報告は後回しにしてさっさと去った方がいい」


「でも、職員の人達が…」


「ギルド職員は、あれで腕の立つ奴らが多い。

それに、じじいが此処で騒ぎを起こすようなら…」



甚爾が「逃げた方がいい」と舞香に助言している最中、静かにギルドの扉が開いた。



「失礼いたします。外から大きな声が聞こえていましたが、何かございましたか?」



シスター服を身に着けたリエが姿を見せた。

彼女の登場に、ギルドの職員の面々はほっ…と安堵の表情を浮かべる。

対して、直毘人は目を微かに見開くと、やや冷静さを取り戻した様子で、突如 現れたシスターに目を向けた。



「これはこれは…ヴァルハラ教団のシスターが何の用かな?」


「こちらのギルド長に呼ばれて参りました。

只今、お取り込み中のようですが…

土屋さん、話はあとで伺った方がよろしいでしょうか?」



リエの青空色の瞳は、真っ直ぐとある人物へ向けられる。

直毘人は、ハッとしたように振り返る。

彼女の視線の先にいるのは、現在進行形で対峙している40代の男性職員だ。



「いえ、シスター・マリエル。もう少しで片付く予定です。

これ以上、顧客が過剰な抗議をするようでしたら、然るべき対処をとるつもりでしたから」



ギルド長…土屋が眼鏡をクイッと手で押し上げながら「問題ない」と返す。

直毘人が不機嫌そうに眉を顰めながら、土屋の方へ視線を戻した。



「ギルド長なら、先に言わんか」

「すみません。自己紹介前に、シスターがお越しになられましたので」



土屋は棘を含んだ口調で答えると、説明を再開した。



「再度申し上げますが、こちらの依頼はギルド規定に則った上でCランクが適切であると判断いたしました。

それゆえに、エージェントの指名は不可能であり、任意のエージェントが請け負う形となります。

それでも構わないのであれば、このまま受注いたしますが…如何いたしますか?」



…権力の理不尽な行使には屈しない。

その確固たる意志を宿したギルド長の表情を目にして、直毘人はふんっと面白くなさそうに鼻を鳴らす。



「興が削がれた。依頼はキャンセルしよう」

「さようですか、ご期待に沿えず申し訳ございませんでした」



謝罪を口にしているが、その表情はあまりにも清々しい笑顔を浮かべている。

「無礼な奴め」と小声で文句を呟き、直毘人は踵を返して出ていこうとする。

リエの横を通り過ぎる直前、彼は徐に口を開いた。



「貴殿がシスター・マリエルか…

風の便りでは、舞香嬢の世話係をしていると聞いた。

彼女は息災か?」


「はい。スウェア(シスター候補生)として、日々 真面目に楽しく修行しておりますよ」



微笑ながら答えるリエに、直毘人は眉根を寄せる。



「楽しく? 幼い女子が尼の修行に夢中になるなんぞ想像ができんな」


「舞香さんは好んで、シスターを目指していますから。

好きな職業を目指して頑張っている姿に、他の人達も微笑ましく感じていますよ」



ふふふ、とリエは笑顔で、舞香が自慢の弟子である事を語る。

ほわほわした癒しのオーラを醸し出すシスターに、直毘人は毒気が抜かれてしまったのか、

はぁ…と何とも言えない表情となる。



「ひとつの事に夢中になるのは否定はせんが、舞香嬢は視野を広げるべきだ。

仮に、尼になる事ができなかった場合、後悔と失意の念が大きくなるぞ」



「その人生を選ぶのは、舞香さん自身です。

もしも、シスター以外の道を進みたくなった場合も、私達が全力で応援させて頂きます」



「…随分昔、貴殿と同じ答えを言い放った尼がいた。

心なしか、顔も瓜二つに見えるのは…偶然とは思えんな」



「世の中には、顔が似ている方は三人いると言われています。

禪院様がお会いしたシスターは、余程印象に残った方なのですね」



「…まあな。性格は全く違うが、できれば会いたくない尼だ」



そう答えると、直毘人は歩を進めていき、ギルドから去って行った。




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