リスタート・クエスト 閑話集


本宮舞香の朝は早い。


午前5時…起床。

欠伸をしながら、舞香は上半身を起こすとうーんと両手をあげる。

よっ…とベッドから離れると、勉強机に腰かける。

鏡を取り出して、寝ぐせのついた髪を櫛で整えていく。

パジャマを脱いで、初等学部の制服(上品な紺白配色に赤スカーフのセーラー服)に着替え終わると、

前日に用意していたテキストや筆記用具などの必需品を入れた鞄を持って部屋から出ていく。


午前6時40分…朝食。

午前6時30分から始まる食堂へと、舞香は足を進める。

食堂には、既にヴァルハラ教団の聖職者やギルド職員の人々がぽつぽつと集まっていた。



「舞香ちゃん、おはよう」

「おはようございます。コラソンさん」



先輩方に挨拶していた最中、コラソンがやってきた。

いつもは聖職者の服装をしているが、今日は私服姿だ。

彼曰く、任務で朝帰りだったとの事。

生欠伸をしながら、食事を注文するカウンターの列へ並ぶ。


本日の朝食は、オムレツとベーコン等の洋食、鮭の切り身とだし巻き卵等の和食のどちらかから選べる。

舞香は、だし巻き卵が食べたい気分だったので和食にした。

コラソンは洋食を選んだ。

かなり空腹だったらしく、量を多めにリクエストしていた。

但し、付け合わせはパンではなく、黒ゴマをふりかけたご飯を選んだ。



「この黒ゴマご飯、美味いなぁ~」

「塩加減は、如何ですか?」

「丁度良い感じだよ」



窓際の席で向かい合う形で、二人は食事を取る。

コラソンは、パンが嫌いだ。

緊急事態でない限りでは食べないと明言している。


これは以前、彼が語ってくれた事だが…

コラソンは人間だった頃、波乱万丈な人生を歩んだそうだ。

生まれ故郷である世界では、貴族の次男として生を受けた。

裕福な家庭で、両親から愛情を注がれて育てられたが…

幼少期に、ある事情で貴族階級を降りる事となった。


その世界の貴族は絶対の存在に位置付けられており、多数の国々にも影響力を及ぼしていた。

それゆえに、傲慢かつ身分差別を平気で行う卑劣な人物も少なくなかった。

条約を結んでいる国々から重たい税金を巻き上げたり、罪もない市民を勝手に奴隷にして虐げる等、

目を覆いたくなる悪行を平然と行っていたのだ。


コラソンの両親は良心的な人達だったようだが、長年の恨みを募らせた人々にとっては関係ない。

特権階級であった事実に違いなく、貴族でなくなった彼等は【格好の餌食】となった。


たくさんの人々に復讐対象とみなされ、逃げ回る日々を過ごした。

その過程で、空腹を凌ぐために、年の近い兄と共に残飯を漁る事も珍しくなかった。

当時、傷んでいたり、カビの生えたパンを手に取った記憶が今でも忘れられないようで…

それゆえに、パンに苦手意識を持つようになったらしい。



「今日はどうする?」

「学校が終わったら、ギルドで仕事を探そうと思います」



舞香が予定を言うと、コラソンは「分かった」と頷く。

食堂に来る前にギルドで手続きをしていた時、掲示板にD、Eランクの新しい依頼がいくつか

張り出されていた事を、こっそり小声で教えてくれた。



「それじゃあ、頑張って」

「はい。コラソンさんもご自愛ください」



「ごちそうさまでした」と両手を合わせて、食事を終えた挨拶をすると、

コラソンは席を立って、食堂を去って行った。

任務帰りの時は宿舎に戻り、一日身体を休ませる決まりとなっているのだ。


舞香も食事を済ませると、空になった食器を乗せたトレイを指定場所へ戻した。

そして、鞄を手にしてヴァルハラ学園の初等部のクラスへ直行する。



午前8時…学校生活。

ヴァルハラ学園は週5日の6時間授業で、土日が休みである。

基本は、基礎学力を徹底していくスタイル。

同時に、個々の生徒に応じて長所を伸ばしたり、短所を克服できるような授業体制を整えており、

多くの学生に質の高い教育を提供している。



「舞香ちゃーん、教えてー!」

「うん。分からないところは?」

「ここの四桁の計算とこ…」



3時間目の授業が終わり、友達に算数の分からない問題に教える。

舞香は一年前に転入してきたが、この学園の空気にすっかり馴染んでいた。

仲の良い友達も数名できて、学生生活は意外と平穏な日々を過ごしている。



「この間、ニュースで聞いたんだけど…

最年少で経済担当大臣になられた方、ヴァルハラ学園の卒業生みたいよ」


「お父さんから『同じクラスの人だった』って聞いたよ。

親しみやすい、ユニークな人なんだって」


「先日、新薬の開発に成功した方も卒業生の方でしたね」


「色んなところで、先輩が活躍しているのを聞くと嬉しくなっちゃうね!」



親しい子達と、ささやかな世間話を楽しんでいると、誰かに見られている視線を感じた。

ゆるりと視線を巡らすが、それらしい人物は見当たらない。

こちらに存在を見せない辺り、相当の手練れであるようだ。



(誰だろう…?)



敵意や悪意を感じないので、現段階では様子見だ。

それでも、見張られているようで気になってしまう。



(もう少し、気配感知のレベルを上げるようにしないと…)



「まだまだ修行が足りないな…頑張らないと!」と舞香は心の中で意気込む。





そんな彼女の様子を陰ながらそっと見守る男子。

初等部のジッパー式の詰め襟で、紺色の男子用の制服を身に着けている黒髪で、茶色の瞳の眼鏡をかけた少年。



(舞香の友達は二名…あの子は大企業の跡取り娘で、もう一人は…名の知れた老舗銘菓の次女か)



だが、彼はヴァルハラ学園の生徒ではない。

彼は、多少の離れた場所から舞香の様子を観察していた。



「悟様…そろそろ4時限目の授業が始まります」

「分かった、一旦戻るよ」



その正体は…変装している五条悟である。

理由は、将来の嫁(予定)の舞香を見守るためだ。


理想としては、ヴァルハラ学園に転入して、舞香と学園生活をエンジョイしたかったのだが…

父が「他のおねだりはいいけど、それだけは絶対にダメ」と頑なに却下してしまうので、

致し方なく、ヴァルハラ学園の生徒に変装して潜入する手段を選んだのだ。



「悟様、明日は学校へ行かなければなりませんよ」

「…どうしても?」


「ご当主様と縛りを交わしたではないですか。

破ると、その御身にどんな被害を受けるか分かりません…」



悟にそう話す五条家の【窓】の表情に、不安の色がちらついている。

従者がそんな顔になってしまうのは…無理もない。

万が一、縛りを破る事になれば、悟はその代償を背負わなければならない。

場合によっては、命が危うくなるかもしれないのだから。


ヴァルハラ教団に潜入するため、父と長い時間をかけて交渉した。

その結果、現在 通っている学校には週3日は通学する事を条件にどうにか許可をもらった。


生半可な気持ちでは、舞香を手に入れる事はできない。

…それを痛感しているから、悟は自分なりの覚悟を示すために縛りを交わしたのだ。



(放課後、舞香に会えるかもしれない…それまで休んどくか)



悟はゆっくりとした足取りで、従者の後を追った。





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