リスタート・クエスト 閑話集
ヴァルハラ教団も、さすがに新しく入る聖職者見習いの身元は調査している。
意外な事に、教団は呪術界と関係がある人物でも、素行等に余程の問題がなければ受け入れている。
その理由は、呪術界の負の側面が凝縮されたと言える…深刻な問題が起因している。
呪術界は、かつて術式至上主義が蔓延っていた。
呪術師を輩出する名家に生まれたとしても、必ずしも呪力や術式に恵まれるとは限らない。
さらに、子どもや女性は男性に付き従うものという男尊女卑の風潮もあった。
本家の嫡男でも呪力や術式がなければ、よければ「召使」、悪ければ『捨て駒』扱いされる。
呪力や術式に恵まれても、女子であっては家督も継げず、政略結婚の駒にさせられてしまう。
そんな差別が平然と横行していた地獄の環境を大幅に変えたのが、中立派の呪術師家系だ。
彼等の台頭により、多くの弱者が救われる制度が作られていき、今では環境が大分良くなった。
…とはいえ、完全に変わった訳ではない。
御三家や保守派の大半は、未だに旧態依然を貫いているのだ。
上記の背景ゆえに、権力の犠牲となる人達も少なからずいる。
ヴァルハラ教団は、そういった弱者を保護している。
該当する人々は教団の支援のおかげで、平穏な日常を過ごせている。
能力のある者はヴァルハラ教団の聖職者になったり、他の様々な職業で活躍している。
その中には、芸能界の著名人や政財界の重鎮も含まれており、教団は各方面から信頼されている。
そういった背景から、最近になって保守派の一部が危機感を募らせて動き始めた。
「俺の親父が筆頭となって、保守派独自の救済組織を立ち上げたんだ。
簡単に言うと、信頼できる名家と協力して弱者を救済しつつ、優秀な人材がいれば、
安全な環境で育成していって、囲い込みしようってわけ」
二年前から、五条家が中心となり、一部の保守派に属する家系が団体となって
救済活動をしている事は、硝子も噂程度には耳にしていた。
まとまりのある中立派とは異なり、保守派は思想面で対立している家系が多いため、
動きがスローペースのようだが、活動は良い方向に進んでいるようだ。
今回、硝子は一般家庭の出身者で高専に通っていたが、とある騒動に巻き込まれた結果、
五条家が救済対象として保護した…という事にしたらしい。
「硝子の場合はな、俺達が護衛役になっても違和感がないように設定を考えたんだ!」
「どんな設定にしたわけ?」
「確か…硝子の御両親の父方の御祖母さんが、実は呪術界のやんごとなき一族の出身者であった。
それが表に出た事が原因で、一騒動起きてしまった…という感じだよ」
悟と傑曰く、設定はこうだ。
硝子の父方の祖母が、御三家とはいかずとも呪術界では名家とされる呪術師の御落胤である事が判明する。
それが最近判明した事が原因で、祖母の生家の関係者が硝子を強引に引き取ろうと画策。
政略結婚の道具にされかかってしまう事態に陥ってしまうところを、硝子の高専の同級生であり、
五条家の次期当主である悟が阻止する事に成功。
硝子の御両親を五条家で保護した上で、彼女を良心的な名家の養子として迎え入れる事となった。
しかし、祖母の生家はまだ諦めた様子はなく、こちらの動向を探っているようだ。
だから、硝子は呪術界から距離を置く必要がある。
そのため、養子となった名家の奥方が思い切って提案してきた。
…硝子を呪術界の名家でも介入しにくい場所へ預ける事を。
「…てな感じで、硝子はヴァルハラ教団の聖職者を目指す流れとなった。
シスター見習いになる事で、己の能力をレベルアップさせる事も目指して!
…なっ、我ながらいい設定だろ?」
「なに、そのな〇う小説みたいな設定…二郎系ラーメン並みに盛りすぎでしょ。
つーか、私の両親とばあちゃんまで巻き込まないでよ」
一応 、硝子の家族の事を説明しておくと…
硝子の父方の祖母は少々裕福な家の出身者であるが、呪術界とは無関係だ。
現在は、交通の便が程よい地域に住んでおり、叔父家族と仲良く暮らしている。
「細かい事は気にするな。俺と傑が護衛役になるんだから、心細くねえし、強力な助っ人だろ!」
「同時に、不安要素もありすぎるんだけど」
力説する悟に対し、硝子は肩を竦めながら呆れた顔でツッコむ。
どうも、悟の気合の入り具合が半端ない。
これは何か裏があるな…と察した。
「合法的にヴァルハラ教団内に入れるから、嬉しいみたいだよ」
「私を建前にするって事ね…なんかムカつく」
硝子の抱いた疑問は、傑が耳元でこそっと小声で答えを教えてくれた事で解決する。
そういえば、悟が一ヵ月前に語っていた…彼とヴァルハラ教団との間には因縁がある…事を思い出す。
そうなると、硝子に課せられた任務は、悟にとって渡りに船だったに違いない。
「五条! 言っとくけど、余計な事して硝子の邪魔をするんじゃないわよ!」
「俺がそんなヘマするわけないじゃん。
歌姫こそ、ドジって変な注目されるんじゃねえぞ~」
「なんですって!?」
悟の挑発交じりの言葉に、歌姫がギャーギャーと応戦している。
2年生の先輩女子達が、生暖かい眼差しで「相変わらずですね」「また始まったわ」と恒例行事のように
二人のやり取りを眺めている一方、硝子は横目で隣にいる傑と会話を続ける。
「護衛についてくれるのは有難いけど、その間の任務はどうするの?」
「状況次第で、任務先に向かうよ。
あと、私と悟がいない間は、京都高専の学生が護衛役を引き受けてくれる手筈だ。
歌姫先輩や君と仲の良い学生が担当するってさ」
「よし、それなら問題ないね」
正直、任務とはいえ、敵地に行くのは不安があった。
気心の知れた仲間達が、同行してくれるのは心強い。
「実は、私も人の事が言えないんだ」
「…と言うと?」
「ヴァルハラ教団に、聖職者を目指している友達がいてね。
久しぶりに再会できるかもしれなくて、心が弾んでいるんだよ」
傑が柔らかい笑みを浮かべながら語る。
まさか、彼もヴァルハラ教団と縁があるとは思わなかった。
傑の友達とは、どんな人物なのだろうか?
それにしても、ヴァルハラ教団と縁のある奴ら、多すぎないだろうか。
そんな事を思案しながら、硝子は机に置いてあったペットボトルのお茶を少しずつ飲んでいった。
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