【時和旅館】にて…
「うまい」
瞼を閉じて、レクセウスがその一言を発した。
なめらかな舌触りに、深みのある甘み。
ブリの刺身は、口の中でとろけるような味わいを披露していく。
目の前に広がる料理に、レクセウスは舌鼓を打つ。
刺身の盛り合わせをはじめ、茸の土瓶蒸し、天ぷら、肉鍋…どれも非常に美味である。
「ふ、この冷酒…悪くないな」
「馴染みのある所から仕入れたものです。おかわりはいかがですか」
「頂こう」
日本酒が入った上等そうな盃に浸かるDIO。
ふわふわの金色の毛玉が風呂に入っているように見えて、ほんわかした場面を形成している。
…というコメントは、心の中にしまっておこう。
「はい、ふーちゃん。あーんして」
「うまみー」
向かい側の席で、ふーちゃんは専用の椅子に座り、リュンが料理を食べさせている。
大好きなハンバーグを一口ずつ食べながら、美味しいと満面の笑みで言う幼子の姿に、
レクセウスはほわほわする。
(人里離れた温泉…旨い食事に、心地よい空間…)
レクセウスは思った。
…長い休みを取ってよかった。
初日でこういう感想が出るくらいに、彼の中でこの旅館の評価が上がっている。
「ところで、レクセウスよ。お前はどのような手段でこの旅館へ来た?」
「ああ、それは…」
時和旅館は、自動車や電車等の一般的な交通機関では入る事ができない特別な場所である。
リエから、旅館の予約をした事を言われた時にその説明も受けていた。
『【ムーンライト】の裏庭に魔法陣を出現させます。
その魔法陣を使用すれば、旅館のある場所まで着くのでご安心ください』
当日、【ムーンライト】に行くと、娘のコゼットが裏庭まで案内してくれた。
「良い旅をお過ごしください」とにこやかに見送られて…現在に至る。
「そういうお前は…」
「ステラは、定期的に女将の元に訪れる事が習慣になりつつある。
私も護衛役としてそれにお供しなければならん立場でなぁ」
なるほど、ふーちゃんに勝手に同行するついでに旅行気分を味わっているという事か。
それを言葉にせずに、レクセウスは「そうか」と簡潔に返事するだけに留めた。
(それにしても…)
ふーちゃんは、デザートのプリンをもきゅもきゅと満面の笑顔で味わっている。
木製の匙でプリンを掬って食べさせているリュンは…ふーちゃんとどんな経緯で出会ったのだろうか?
「ふぅ…」
「あら、眠たくなったようですね」
ふーちゃんがウトウトしだしてきた。
リュンはすぐにふーちゃんを抱き抱えながら言った。
「ふーちゃん、ねんねしましょう」
「………うん」
ふーちゃんはこくりと頷くと、そのまま瞼を閉じた。
リュンは隣の部屋の襖を開き、そこに予め設置していた子ども用の敷布団に、幼子を寝かさせた。
「いつもあんな感じなのか?」
「そうだな…ステラは、寝泊まりする時は必ず女将の部屋を利用しているぞ。
慣れている場所の方が心地よいのだろう」
なんでもなさそうにそう答えると、DIOは刺身を小さな口で咀嚼する。
だが、レクセウスにとっては…此処が、リュンの部屋であったという事実の方が衝撃だった。
自分の泊まっている部屋と比べて雰囲気が違うとは感じていたが、よもや管理者の部屋に招かれているとは…
一見の顧客である自分が入室していいのか、と恐縮してしまう。
「おいおい、そんな顔するんじゃあない」
「むっ…」
無意識に眉を顰めていたのを、DIOに指摘された。
「そもそも、女将自身が此処の使用を許可したのだ。
お前は正式な客人であり、彼女の供応を受けるのに何の支障もないではないか」
確かに…その通りだ。
もしも、この場にいる事がNGであるならば、リュンが最初の段階で説明するはずだ。
小さく安堵の息を漏らすと、レクセウスは口元を緩める。
「そうだな、失礼した」
「フッ、分かればいい」
「DIO様、レクセウス様」
会話が一段落した時、リュンが声をかけてきた。
「今からデザートをお持ちいたします。
本日は【苺のレアチーズタルト】【抹茶のババロア】の二品となります。
どちらにいたしますか?」
「【苺のレアチーズタルト】にしよう」
「…【抹茶のババロア】でお願いする」
二人それぞれデザートを注文すると、リュンは「かしこまりました」と退室した。
「やはり、この旅館の酒は美味だ…うぃっ!」
「そんなに飲んで大丈夫か…ん?」
全身が赤みを帯びている金色の雛に心配そうに話しかけている最中、レクセウスはある違和感を覚える。
(具の数が…減っている?)
中央の皿に盛られている天ぷらは、つい先程までは2分の1くらいの量は残っていた。
だが、今は4分の1程度の量と…少なくなっている。
「DIO、天ぷらを食べ進めたか?」
「あぁ、食べたかもな…うぃっ!」
返ってきた答えに、レクセウスは「そうか」と言いつつも…
(気の所為…と思いたいが)
釈然としない思いが漂っていた。
その所為で、リュンが持ってきたデザートのババロアの味があまりしなかった。
後から、その時の事を振り返ると…勿体なかったと思えてならなかった。
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