徒然猫日記・小話


【とある国の最高司祭の回想】




あれから10年…。

あなたはこの国…いえこの世界から消えてしまった。


初めて出逢った頃の事は、今でも忘れない。

私を攫おうとした不届き者から、あなたは私を救ってくれた。


あの頃は、現在(いま)と比べて、皇帝を狙って暗殺を企てる輩も少なくなかったけれど…

まさか、私を誘拐するなんて大胆な事をする人がいるとは思わなかった。

いいえ、私が油断していた。

従者に化けて、私と信頼できる召使いだけしかいない所を狙った。


犯人は、おそらく他国の権力者。

私を攫う事で、レームの中枢を混乱さえ、破滅させようとする魂胆だった。

さらに、私を他国へ連れて行く事で、あわよくば国を繁栄させようと画策していた。


バカバカしい。

その一言が感想だ。

私が守りたいのは"レーム”であり…他の国ではないのに。


魔法で対抗する事も出来たけど…侵入者は何人も潜伏していて、下手をすれば、宮殿内の人間も危ない。

さらに、町にも味方を引き入れていた。

迷宮攻略者の皇帝も、その眷属も遠征中で不在。

用意周到に計画されたものだ。

選択を迫られ、私は…苦渋の選択をするしかなかった。


「マギ」として他国に周知されていたため、扱いは一応丁重なものだった。

奴隷としてではなく、貴族の服装へ着替えさせられ、町中へ連れられていく。

なんとか、この窮地を打破する方法を考えないと…国外へ出ていけば、 逃げ出せなくなる。


連れられている最中、町中の民の青年が「あの貴族の少女…シェヘラザード様に似ていないか」と話す。

彼の言葉を引き金に次から次へと人々の間で木霊していく。


チャンスだった。


慌てている誘拐犯の隙をついて、私は逃げ出した。

待て! と喚く声に振り向く事無く、ひたすら走る。

普段、激しい運動なんてしないから、はぁはぁと息切れしてしまう。

犯人の一人がすぐに追いついてきてしまい…路地裏まで追い込まれてしまった。


イチかバチか、魔法を使おうか…。

でも、杖なしでどのくらいの効果があるだろう。

気持ち悪い笑みを浮かべて、迫りくる者達に、私は身構える。

大きい手が、私の腕を掴もうとしたその瞬間、男は気を失った。


「可憐な少女に不埒な真似をするなんて、紳士ではありませんよ」


私の窮地を救ったのは、箒を剣代りに両手に構えた人だった。


信じられない。

この人は、凶器をもった犯人達を無駄のない早さで一網打尽にした。

その剣技は、まるで舞を踊る様に美しかった。

その人は、腰を屈めて「大丈夫?」と私の頭を優しく撫でた。


その人は女性(一人旅の防犯対策としてさらしを巻いているらしい)で、各地を転々としながら屋台を開いている、と聞いた。

外部からやってきたのに、私の事を知らないのは…私の認知度があまりない所の出身なのか。


名前も教えてくれた…コゼット。

コゼットは、駆けつけてきた警備兵と野次馬が騒ぎ出す中、私を連れてその場を後にした。

彼女の知人名義の仮住まいで、騒動が落ち着くまで、少しの間匿ってもらう事になった。


「お腹すいてない? もしよければこれをどうぞ」


…恥ずかしい。

慣れない運動をした事もあって小腹がすいていた。

コゼットは、お皿に綺麗に盛りつけた菓子を勧めた。

パン…? それにしてはこぶりね。

真中に卵のようなものがあるけれど…


恐る恐るそれを口に入れると、私は思わず瞠目してしまった。

さくさくとした小麦の生地に…なめらかな卵クリームの甘さが口に広がる。


「おいしい…」


初めて目にする料理に内心興奮して、思わずその名前を訊いていた。


「パステル・デ・ナタ―――別名【エッグタルト】と呼ばれるお菓子よ」



~~~ ~~~~~ ~~~



それがきっかけで、私はあなたが運営する「月光屋」のファンとなった。

私の地位に気付いて、あなたは最初驚いていたけれど、すぐに打ち解け合ったわね。

私は…あなたがエクレシアだと解った時、レームに保護しようと思っていた。


あの「ムスタシム王国の内乱」が、コゼットの心の傷となった。

口に出さないけれど…

コゼットが長年「友」だと思っていた人物と、決別する形となったのは、容易く推測できた。


ねぇ、コゼット…。

苦しいなら、私を頼ってもよかったのよ。

魔導士ばかりを優遇する老指導者や、新興国の若き王は…いずれあなたの秘めた力を利用するわ。


私は…いえレーム帝国は、あなたを悲しい争いに巻き込みはしない。

あなたは戦場ではなく、料理で人を幸せにする方がいい。

私の選んだ王の器に…レームの民に、食べてもらいたいの。

―――あなたの美味しい料理を。



あなたが、この世界に再び降り立ったら、迎えを派遣するから…。

ずっと…待っている。



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