スーヴェニア


顔が熱い。どうしようもなく。

季節は冬で、空気も冷たく澄んでいるはずなのに、全くそれが感じられないくらい。


(さっきの、多分レイヴンだよなぁ…普段と違ってちゃんとした格好してたから、一瞬わからなかったけど)


色々と混乱していた自分が気付いたくらいだ。当然、向こうも気付いただろう。

後で絶対何か言われる。にやにや顔で。「何かあったのー?」って。わかってるくせに、きっと。

そんなことを歩きながらつらつらと考えていたら、妙な恥ずかしさは抜けてきた。

…代わりにイライラ指数が増したが。まあ、顔の熱が引いたから良しとしよう。



「ナギサ姐!」


後ろから声をかけられて振り返る。ぱたぱたと走ってきたのはパティだった。

いつもは暗い色合いの服だが、彼女が今着ているのは淡いクリーム色の上下だった。

髪型もいつものおさげじゃなく、頭の左右、高い位置で結われたツインテールだ。



「こんなところに居たんじゃな。皆、ナギサ姐のことを探しておったぞ!」

「え、あ、ごめん。もうそんな時間だった?」


「少し早いかもしれんが、主役が遅れるわけにはいかんじゃろ?

ユーリも準備が終わって控え室で待っておったし」


「あー…そう、だね……」



パティの小さな手に引かれながら、元きた道を戻る。

治まったはずの熱が再び戻ってきた。繋ぐ手とは反対の空いてる手で顔を覆う。


「それにしても綺麗じゃの~。

普段の大海を泳ぐ鯱の様にカッコいいナギサ姐も好きじゃが、今のナギサ姐も大好きじゃ!」


「……あ、ありがと。けど、褒めても何にも出ないぞ」


「うちは思ったことを素直に言っただけなのじゃ。照れたナギサ姐も可愛いの~」

「もう勘弁して下さい…」



力なく肩を落とすとパティがからからと笑った。

これじゃ一体どっちが年下なのか、わからなくなりそうだ。

パティにからかわれつつ、着いた先――控え室でも赤い頬のせいでからかわれることになったのは言うまでもない。



式場となったオルニオンの教会は、帝都のそれと比べるととても小さなもの。

…と言っても、比較に出したものが大きすぎたか。ここは言うほど小さくは無いと思う。多分。

大体、記憶にある教会ってどれも大きいものばっかりなんだよなぁ…。

祭壇のある部屋に続く、大きな扉越しに窺える人の気配の数に私は思わず顔を引き攣らせた。



「………ちょ、やたら人数多い気がするんですけど!」

「フレンに訊いたんだが、どうやら下町の連中殆ど集まってるみたいだぜ。入れないやつは外に居るみたいだし」


「は?嘘だろ?!それじゃ何のために正確な日にち言わないでおいたのか、わからないじゃんか…!」

「…まあ、あれだ。あいつに知らせた時点でこうなることはわかってたろ」


「皆に問い詰められて、つい言っちゃったってやつ?確かに予想はしてたけどさ…」

「来ちまったもんは仕方ねえだろ。…ほら、そろそろ行くぞ」

「う、わ…っ!」



ぐい、と腕を引かれてよろける。くそう…ヒールはなんて動き辛いんだ。

引かれた腕は支えられていたから何とか転ばずには済んだが、思いっきりユーリに寄りかかる形になってしまった。


「…っと、…ナギサ、大丈夫…か…?」

「大丈夫ですよええ、大丈夫ですとも。誰かさんのおかげで。…だからそこ笑うなッ!」


笑いを堪えるユーリの頭を引っ叩く。

原因作ったのは一体誰だと思ってんだこの野郎…!


「悪ぃ悪ぃ。…んじゃ、行くか」


ごく自然な動作で腕を組まれ、目の前の扉がゆっくりと開かれた。

……って、待ってくれ。マジで人が多い。真ん中の通路以外、人で埋まってんじゃんか。


「フレン…あとで絞める…!」

「あいつだって悪気があったわけじゃねぇだろ。程ほどにしてやれよ?」


ぼそぼそとそんなやり取りをして、歩き出した。

厳かな、自分の中にイメージとしてあった雰囲気とは大分違うものだ。

賑やかを通り越して騒々しい。けど、こっちの方が私は好きかもしれない。

……ただ、この視線の多さに泣きそうになるけど!



「ほらほら、顔を上げてちょーだい。新婦さん?」



耐えられなくて俯いたままでいると、意外な声が降ってきた。

驚いて顔を上げると祭壇の前に立っていたのはレイヴンだった。

…服も違うし、なにより髪下ろしてたから一瞬わからなかった。


「おっさん…!?なんで…?」

「いやね、来るはずだった神父さんが急に来れなくなったらしくて。おっさんは代打なのよ」


「道理で途中から姿が見えないと…」


驚く私たちにレイヴンはしてやったりと笑う。



「ささ、始めましょうかねぇ」

「え。本当にレイヴンがやるの?何か嫌だな…」

「右に同じ。おっさんに頼むくらいならカロル先生に頼んだ方が良さそうだ」


「ちょ、嬢ちゃんに青年、二人して酷い…!」


幅広の袖で顔を覆って泣く(多分泣き真似だ)レイヴンに半眼を向ける。


「ったく。やるならやるで、さっさとして欲しいんですけどー?」


何が悲しくてこんな大勢の目の前でコントをしなくちゃならないんだ。

そう急かすと、わざとらしい咳払いが聞こえてレイヴンは私たちに向き直った。



「…その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも――」



レイヴンが紡いでいく言葉に耳を傾けながら、ぼんやりと考える。

物凄く今更、だけど。何で自分はここに居るのだろうと思った。

そりゃ望んだからここに居るんだってことはわかってる。けれど、本当にいいのかな、なんて。

私は自分の負うべきものを、ユーリにも背負わせてしまったのに。


…ぐるぐる考えてたらユーリに額を小突かれた。痛い。

隣を見れば、少しだけ怒った黒紫が見えた。…うん、ごめん。



「互いに愛し、互いに敬い、互いに慰め、互いに助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」



賑やかだった室内が、しんと静まり返った。



「「――誓います」」



ここに居る皆に。支えてくれる、皆に。

重なった声が響いて消える。

頬を撫でる大きな手に自分の手を重ねて。

降りてきた影に、そっと目を閉じた。





UP 09.10.10
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