prologue 3 ― 兎の溜息
「……弟は…ルドガーだけは、【オリジンの審判】から遠ざけなきゃいけない!
…そうでなければ…俺は…あいつまで失うわけにはいかないんだ…」
「クルスニク一族の宿命…か」
この患者、ユリウスは…もとい彼の一族は、凡人からは想像しがたい宿命を背負っている。
それこそ、世界が存続しうるか否かを左右する程の次元が吹き飛ぶ程の超高レベルな問題を…。
「いっその事、転職を考えては?
その能力を使用しなくてはならない仕事環境なら変えるべきだ。
その方がこちらも余計な心配せずに済む…」
「…それができればこんな苦労していない!
ドクターは知らないんだ!
クランスピア社の…あの男の執念と恐ろしさを!」
ユリウスは、顔を俯けてギュッと爪が食い込むくらい手を握りしめ、声をあげてリーシェの言葉を遮った。
「あの男…とは、クランスピア社の社長の事ですか?」
「ああ…一族の大願を果たす為なら、手段を選ばない男だ」
ユリウスは指先で眼鏡の押さえ、下唇を噛みしめる。
どうやら、彼はその社長の事が相当嫌いらしい。
「…それに、俺も…こんな悲しい定めを変えたいと思っているんだ」
彼は俯いていてどんな表情をしているかは見えなかったが、少なくとも泣いているのは声音で分かる。
…一族のため、大事な家族のため…己の身をかえりみずに突っ込んでいく。
そう…他者の為に命を犠牲にする気満々な人。
一番、厄介なタイプだ。
リーシェは三度目の溜息をついた。
(あぁ~、見てるとイライラする…)
…所謂、同族嫌悪。
ユリウスをみていると、まるで一昔前の…己の身を犠牲にする事が美徳だと思っていた頃の
【自分自身】を思い出してしまう。
実際は、リーシェにその兆候は今でもある…が、昔ほど顕著なものではないと本人は思っている。
この調子だと、この患者は『使うな』と苦言を呈している能力を使い続けるだろう。
いや、確定だ。
ぶっちゃけると、リーシェ個人はこのまま放置していてもなんら問題はない。
能力を使うのは、選択したユリウスが望んでやった事であり、自己責任だ。
その結果、この男の生死がどうなろうと…リーシェにはどっちでもいいのだ。
(はぁ~……でも、この人治さなきゃいけないんだな…)
本日の溜息…(心の中で)四度目。
そう、リーシェはこの患者を…ユリウスを助けなくてはならない。
『とある者』から依頼を受けて、是が非でも彼を救う立場に回らなくてはいけないのだ。
また、事情があって、この依頼は断る事が不可能。
この依頼が成功するかしないか…
その結果次第で、今後のリーシェの『在り方』にも影響してくるからだ。
(……「失敗」の二文字はない。やるからには「成功」させる)
それが、依頼人に対する誠意であり、リーシェの流儀である。
例え、助ける相手がブラコ…いや弟思いの三十路前のエリート社員だろうと。
【prologue 3 ― 兎の溜息】
「ユリウスさん。こっちもできるだけの事はします。
だから…今度は能力使用は控えてくださいね」
「……善処するよ」
帰宅時、ユリウスに念を押して言っておいた。
足早に自宅へ急ぐ彼の後ろ姿を眺めながら、リーシェはハァ…と溜息をつく。
本日、五度目。
(…あの後遺症を治すには、薬物治療ではちと無理か)
自分の知る限り、魔術や呪術の後遺症等に効果がある薬草を色々試してみた。
彼此、半年近く経過するが…進行を止めているものの、改善する兆しはみえない。
「やっぱ…地道に、治癒術を行使していくしかないか」
後頭部を掻きながら、そう小さく言うと、そのままクリニックの中へ戻っていった。
彼女のその様子を隣接する建物から眺める人物がいた。
「…リーシェさん、今日も溜息ばっかりついてます」
眼鏡をかけた黒いショートボブの10代後半の女の子。
彼女は、その建物の2階部分から、リーシェの事を観察していた。
『また…その《ユリウス》という男が困らせているのか?』
「詳しい事はちょっと…」
電話している相手の質問に、うーん…と小首を傾げながら答える。
「団長、どうするんですか?
動くにしても、リーシェさんとの《賭け》で、こっちにこれないんだよね」
『…そうだな』
「私も、念能力の行動範囲を狭められているから…
《デメちゃん》であのユリウスって人を狩るのは無理だと思います」
女の子は真顔でそう言うと、電話相手―――団長は少し間をおいてこう指示した。
『シズク…リーシェと、患者の「ユリウス」を引き続き監視しろ。
仮に、ユリウスがリーシェの害か負担となる奴だと判断したら…
―――“引き離せ”』
「了解」
シズクは迷わず了承すると、携帯の通信を切った。
携帯をズボンのポケットにしまうと、窓からクリニックを再び眺める。
彼女がいる2階部分は以前小さな相談事務所があったが、今は貸出中になっている。
そこから、ターゲットを観察するようになって半年以上…といっても、
ターゲットであるリーシェには既にバレているのだけど。
シズクは、リーシェやその関係者に危害を加える気はない。
念能力を制限されている事もあるが、シズク自身が必要な時以外、殺生をしない性格だからだ。
所属する盗賊団の団長が命じるなら話が別だが、彼がリーシェを殺す事はまずありえない。
他の団員と、定期的な連絡しかできないのは少し退屈ではあるものの、これといって特に不満もない。
時々、リーシェや彼女の『血縁者』が差し入れにもってくる手作りのグラタンやシチューが密かな楽しみだ。
「…今日も平和な一日だったなー」
そう呟くと、シズクは床に置いていたポテトチップスの袋を破いて、サクッと一枚口にした。
【つづく】
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