prologue 3 ― 兎の溜息


生きている中で、厄介な人種と会った事ありますか?


己の死を知って自暴自棄になって、他人を巻き添えにしてしまう人とか…。

自己満足で、赤の他人の幸せを奪い取って不幸な目に合わせても「私、いい事をした」と思って、

周りなんて眼中ゼロな井戸の蛙な人種とか…。


小者臭漂わせている奴や、計算高い人とかの方がまだ分かりやすいけれど、

上記の人間ほど厄介かつめんどくさいのはいない。


今、私が担当している患者も…ある意味厄介だ。

仮面を頭にぶつけたくなる衝動に駆られる程、苛立ちますね。


このトマト野郎…もといエリートエージェントさんは。




「ユリウスさん、私が何を言いたいか…分かりますか?」



リーシェ・シフォン・クローチェは苛立っていた。

奇妙な兎の仮面を被り、素顔は見せていないが、その怒を孕んだ口調から、

彼女が如何にイライラしているのか…窺い知れる。


彼女がいる場所は、トリグラフの南に位置するトルバラン街道。

対峙しているのは、メガネをかけた、蒼い瞳の短くまとめられた金髪の男性。

シャツの上から薄い青地のベストを…その上から白いコートを纏っている。

外見は温和そうな好青年だ。


しかし、リーシェにとって、この男性…ユリウス・ウィル・クルスニクは不良青年ならぬ不良患者だ。



「ドクター・クローチェ…その…」



ユリウスは眉を下げて、口ごもる。

リーシェは、はぁと溜息を漏らすと踵を返す。



「いい訳なら街に戻ってからにしましょうか。ここだと治療に専念できませんので」

「…分かった」



リーシェの言葉に、ユリウスは素直に首を縦に振ると、少し距離を置いて彼女の後を追った。



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



―――《黒匣工都市 トリグラフ》


エレンピオスの首都であり、黒匣技術によって発展してきた工業都市。

マンションやビルなどが並び、大手の企業がこの都市を本拠地としている近代都市だ。

別世界でいうなら『日本の東京』『アメリカのニューヨーク』みたいな都市といえば解り易い。

リーシェは、この都市の中央…中小企業の建物が並ぶ一角でクリニックを運営している。



 バンッ!



クリニックの扉を足で乱暴に開けると、ツカツカと足音を立てていく。



「すまなかった…ドクター・クローチェ」



ユリウスは謝罪した。



「……」

「ドクター、俺は…!」

「はい、そこに座ってください」



ユリウスの言葉を遮るように、リーシェは簡易椅子に座るように指示した。

ユリウスは、口を閉じて大人しくそこに腰を落ち着ける。

上着を脱がせて、左手にはめている黒手袋を外して腕の裾をめくるように言った。


ユリウスは眉を潜めて逡巡したが、覚悟したように軽く眼を瞑ると、手袋を外して腕を捲った。

捲られた左手から手首部分にかけて、あたかも壊死したように濃い黒色に染まっている。



「進行はしていない…か」



患者の症状を冷静に診察すると、診療録(カルテ)に記載していく。



「会社の命令だった…。俺は室長として…任務を放棄するわけにはいかない」



ユリウスは、苦虫を噛み潰した顔で理由を言う。

リーシェははぁ…と二度目の溜息をつく。



「ユリウスさん…私は、一応貴方の主治医です。

医師として患者様の病を治すために最善を尽くしたい」



でも…とリーシェは仮面をとって鋭い目を露わにする。



「けれど…患者様が、医師の忠告を無視しまくる上に自ら病を進行させる事されたら、

さすがの私でも腹立ちますよ!」



語気を荒げて、机をどんっと叩いた。

苛立つリーシェに、ユリウスはたじろぐ…が、首を緩慢に左右に振り、再び口を開く。



「解っている…解っているんだ…!」

「じゃあ、なんで無茶をする!? 貴方がその“能力”を使えば使う程、病状は進行するんだぞ!」


「知っている! でも…でも、こうしなければ…弟は守れないんだ!!」



リーシェの言葉に反論するように、ユリウスは激高して椅子を倒す勢いで立ち上がった。



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