第3章:交差する記憶と今
それから、賭けの詳細を取り決めた直後に、リーシェは姿を消した。
“捕まえられるモノなら捕まえてみろ”…と、こちらを挑発するかのように。
『あとどのくらい、そっちにいる?』
「ニ時間程度で戻るよ。ノブナガ達に買い出し、頼まれているから」
『そうか…気を付けろ』
「うん、またあとで」
スマホの通話を終え、マチはふぅ…と一息つくと徐に天井を見上げる。
「リーシェ…ずるいよ」
この場にいない幼馴染に対し、マチは小さく文句を零す。
「いつだって、一人で物事を進めようとするんだから…」
幼い頃から、あの流星街でともに育ってきた仲だ。
だから、マチは薄々感付いていた。
リーシェが何故、幻影旅団に対して突拍子もない賭けを持ち掛けたのか…その本当の意味を。
「…でも、負けるわけにはいかないんだ」
現段階で、賭け勝負はリーシェが優位である。
対戦相手として選ばれたシズクは、なんとか彼女の行方を探っているが…今のままでは、形勢逆転するには程遠い。
仮宿にいる同僚達が、シズクの手助けをするとは思えない。
だからこそ、マチを含める十二人の内、誰か一人でも完全にリーシェの念能力から抜け出さなければならない。
「シズク、もうちょっと頑張りなよ。…こっちも抗うから」
いなくなったシズクに対し、マチは呪文を唱えるようにエールを送った。
【兎の賭けと蜘蛛の抗い】
「うん、おいしい」
「でしょ!」
ウィンクルム社の事務所に戻ったシズクは、ローストビーフサンドに舌鼓を打っていた。
その隣で、エッグタルトを食べていたエルが賛同する。
「シズク君、眠たくないのかい? 散歩に行ってたみたいだけど…」
向かい側で塩バターパンを一口サイズにちぎって、食べていたシンがフレンドリーに話しかけてきた。
体調を気遣いつつも、どこで何をしてきたのか…とこちらの動向が気になるようだ。
「少し仮眠を取ったら目が覚めたので…気分転換に行きました」
シズクは真顔でそう返事すると、ルドガーが昼御飯用に作ってくれた厚切りフライドポテトを数本とり、ケチャップにつけてもぐもぐ咀嚼する。
「ふーん、そうかい…」
「何か?」
「いいや、俺もあとで周辺をぶらりと散策しようかな…と思ってね」
一瞬、探るような目をしていたのをシズクは見逃さなかった。
だが、シンの事はさほど気にしておらず、それよりも昼食を味わう事に集中する。
「シンも、シズクも…あんまり寝ていないけれど、大丈夫なのか?」
「ああ、平気さ」
「眠気は今のところきていないので、問題ないです」
ルドガーがさりげなく尋ねると、シンは笑って、シズクはあっさりとした態度で答える。
(うーん…? 二人とも何かあったのかな?)
シンとシズクの間に流れる妙な空気を感じ取ったのか、ルドガーははて…と小首を傾げる。
「飲み物は、紅茶でいいですか?」
だが、リエのかろやかな声で、胸にじわりと芽生えた不安な気持ちはすぐに払拭してしまった。
「はーい! エル、ミルクティーがいい!」
「俺はストレートで」
「私もミルクティーでお願いします」
エルが真っ先に手を上げてリクエストを言い、倣うようにシンとシズクも好みの紅茶をオーダーする。
「ルドガーさんは?」
「あっ、ストレートが飲みたいです」
「はい、かしこまりました」
ルドガーの注文を聞くと、リエはふふっと優しい微笑みを浮かべて台所へ向かった。
紅茶の準備に取り掛かる彼女の姿を見つつ、ルドガーは思った。
(リエさんって、不思議な人だな…)
そこにいるだけで周りの空気を温かくしたり、負の感情を空気に溶かすように打ち消して…いい方向に変えてくれる。
エクレシアの特有の能力なのか、本人の備わっている気質なのかは不明だが…そんな彼女の存在に心が和んでいる自分がいる。
(今日はどうしよう? シンは外出するみたいだけど…)
折角の休日だからまったりと寛ぐのもいいが、別の形で有意義に過ごしてみたい気持ちもある。
(食べ終わってから、ゆっくり考えようか…)
そう呑気に考えながら、ルドガーはハムサンドイッチを一口ほうばる。
こうして、各々がゆったりした休日を過ごす予定だったが…この一時間後にそうはいられなくなってしまう。
―――突然の【来客】の訪問によって。
【つづく】
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