第3章:交差する記憶と今
「…という訳で、シンさんと一時的な同盟を組みました」
「ハァ…そうかい」
シズクの対面に座る女性…マチは軽く溜息を吐く。
場所は、リーシェのクリニックの隣にある建物の2階部分。
ウィンクルム社に籍を置く前に、シズクが生活していた無人の部屋だ。
「問題あるかな?」
「いや。こっちの内情とか教えてないなら構わないよ。でも…」
「でも?」
「なんだろうね…不安でならないよ」
マチが眉を顰めながら言った事に、シズクは「そう?」と小首を傾げる。
「どこら辺が不安なの?」
「…同盟組んだ男、話を聞く限りじゃかなり頭が回るタイプだろ。そういうヤツ相手にあんた一人で上手く立ち回れるのかい?」
率直に訊いてきたマチに、シズクは「そうだね…」と考え込む。
「自分で言うのもなんだけど、シンさんの方が上手かな。あの人の裏をかくのは難しいと思う」
「うん…シズクがその辺を理解してる点は幸いだね」
「団長やシャルがいれば話は別だけど…それができない以上、やってみるしかないよ」
シズクはそう言って、自販機で購入した炭酸入りのオレンジジュースを口にする。
舌を刺激するしゅわしゅわした感覚を久しぶりに楽しむ。
特段、炭酸飲料が好きという訳ではないが、時々飲むと美味しく感じる。
事務所にいると、なかなか飲めない事もあってかさらに旨みがアップしている気がする。
「あっ…!」
その時、シズクは何かを思い出したのかペットボトルの口元から離して声を漏らした。
「ねぇ…マチ。今、何時?」
「あと10分で正午だよ」
「………………うーん」
マチが質問に答えると、シズクは眉を顰めて腕を組む。
「…あのね、マチ。もう話はあらかた終わったから帰ってもいい?」
「別にいいけど…理由聞かせてくれる?」
「リエさんとエルがパンを買ってくるから」
真顔でさらりと告げた理由に、マチは危うくずっこけそうになった。
「って、昼御飯かい!?」
「出かける時に言われたんだ…『リクエストがあったら好きなパン、買ってきますよ』って。
チラシにあった【ローストビーフサンド】をオーダーしておいたの」
じゃあ、またね…と手を左右に振りながら、シズクは足早に建物の外へ出ていこうとする。
「シズク、次の合流の日程はメールでちゃんと知らせるんだよ!」
「はーい」
シズクの了承の声が響き渡る。
仲間の背中を見届けると、マチは携帯のアラーム音が鳴っている事に気付き、取り出した。
―――【クロロ・ルシルフル】
画面を確認すると、電話の主は団長だった。
「はい、もしもし?」
『マチ、そっちはどうだ?』
「今、シズクが帰ったところ」
昼食、食べに帰ったよ…と呆れ交じりに言うと、ぷふっと吹き出す音が響いた。
『くくっ…シズクの現状は?』
「長くなるけど、いいかい?」
『構わない』
団長…クロロの了解を得ると、マチはつい先程、仲間から聞いた報告を伝える。
…シズクの同僚にあたる「シン」という男性が異世界の住人である事。
…利害の一致から、シンと同盟を組んだ事。
…シンは、おそらくリーシェの親族と関わりがある可能性が高い事。
現段階で、明らかになった情報をひとつひとつ言葉で紡いでいく。
クロロはそのたびに「ふむ…」「そうか」と簡潔に相槌を打つ。
その声音は硬く、微かに険も含まれている。
『厄介だな、その男…』
「シズクは『なんとかやってみる』って言ってるけれど、心配だよ。聞く限りじゃ、そいつは隙がないみたいだし…」
傍にいれたら、多少は状況は変えられるかもしれないが、マチにはそれができない。
『リーシェの念がこれほどの強さとはな…』
「念の制限がある限り、この世界に長くいられない」
リーシェは自らの念能力で、幻影旅団全員の行動に制限をかけた。
マチはもちろんクロロも直にその身で体験するまで…彼女の能力を一切知らなかった。
あまりにも強力ゆえに、リーシェの許可なしでは幻影旅団の活動自体もままならない状況になっているくらいだ。
「【例のゲーム】を始めてから大分経つけれど…どうなの?」
『ああ、その件だが…』
…とはいえ、彼等は手を拱く程、現状に甘んじていた訳ではない。
リーシェとの賭けに勝つために、クロロ達は方法を探っていた。
「大幅に時間は費やしたが、ようやく見つけたよ」
ヨークシンシティで強奪したゲームソフト。
ハンター専用のハンティングゲーム【グリードアイランド】の中で、クロロを含める五名はゲームを進める傍ら、ある職種の人物を探していたのだ。
「そうか…【除念師】は見つかったんだね」
『久々に巨額を出費する事になったが…それで済むなら安いものだ』
【除念師】とは、他の念能力者が行った念を除去する能力をもつ者の事。
除念は、数ある念能力の中でも極めて希少価値の高い能力であり、それゆえに【除念師】の数も限られている。
リーシェとの賭けのタイムリミットまでには余裕はあれど、少しでも早く手を打つに越した事はない。
そこで、クロロは多数の念能力者が集う【グリードアイランド】に目をつけた。
リーシェの能力で制限をかけられているとはいえ、立ちはだかる敵は一部を除き、取るに足らない雑魚だったため、殊の外、探索に集中できた。
そして、一ヶ月半かけて…ようやく【除念師】を見つけ出せた。
「全員、除念できそうかい?」
『いや…難しいようだ』
陰りを帯びた声を聞き、マチは眉を下げる。
物事はそう簡単に上手くいかないものだ。
幻影旅団の仕事をしている中でも何度かあった。
だが、今…そんな状況に陥っている事に、ひどくもどかしくさを感じてしまう。
『そいつが言うには、俺達にかけられた念の効果はばらつきがあるようだ』
除念師曰く、各メンバーにかけられた念能力の強弱に差があるとの事。
古参のメンバーになるほど、より強力で解除が一筋縄ではいかないように幾重にも複雑な仕掛けを施している。
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