第3章:交差する記憶と今


今度は、若いガラの悪そうな青年が必死で走っていた。

そんな彼を追いかけるのは…犬のような猫のようなまんまるな生物。


「た、助けてくれぇ!」

「にゃふにゃー!」


とうとう謎の生物に追いつかれてしまった青年。

尻を噛まれて、あたふたと地面に這いつくばってしまう。


「わんだにゃーん」


その時、その生物の名前を呼ぶ声が聞こえた。

まだ幼い子どもの声だ。

すると、それを証明するかのようにトコトコと白い猫のベビー服を着た子どもが歩いてきた。


「にゃふ」

「りんちゃーん、ここー」

「はいはい、ごくろーさま」


さらに、その後ろからやってきた人物。

…先程、ひったくりが落とした金を持ち主に返した女性ではないか。


「あの子は…!」


白い猫のベビー服の子どもを目にして、ジャーファルは驚きを露わにする。


「おやまぁ、徐倫ちゃん。その人、何かしでかしたのかい?」

「ああ、店長。こいつ、そこの雑貨屋の女の子の店員にしつこく纏わりついていたのよ。それで注意しようとしたら…ね!」

「ギャフッ!」


謎の生物…ワンダニャンに尻を噛まれたまま、逃走しようとした青年が再びすっ転んでしまった。


「こいつ、どっかで顔を見かけた事があると思ったら…指名手配書に乗ってた奴とそっくりだったのよ。試しに質問しようとしたら逃げられて…

ま、でもあの子達のおかげでお縄にできたから結果オーライって感じね」


女性…徐倫は右手の指をクイクイとしながら、笑って諸事情を語った。

余談だが、その手配書に掲載されていた青年の罪状は『恐喝』と『無銭飲食』である。


「おっ、グッドタイミング」


騒ぎを聞きつけて、再び兵士達が出動してきた。

やってきた彼らに徐倫が説明をしている間、ワンダニャンは手配犯の頭をべろべろと舐めていた。

涎まみれになっている犯人の姿は、見る人によったら可哀想な光景だが、自業自得なので同情する気にはなれない。

それよりも、引っかかる事がある。

犯人はいくらワンダニャンに乗りかかられているとはいえ、やろうと思えば這いつくばってでも逃げられるはずだ。

しかし、犯人はその意志は顔に露わになっているのだが…まるで全身に縄をかけられたかのように身動きが取れないようだ。


「ジャーファルさん」

「なんですか、マスルール?」

「…今は見えていないんスけど、さっきあの犯人の全身に細い[糸】が絡まっていて…薄ら見えたんです」


「見えますか?」と指を差しながら尋ねるマスルール。

ジャーファルは目を凝らして、犯人の全身を観察する。

だが、マスルールの言う【糸】のような物は、全く見えない。


「わんだにゃん、おにゃきゃぐー(お腹すいとる)?」

「にゃふ~」


犯人を舐めるのに飽きたのか、だらーんとその場に座り込むワンダニャンの背中を、白い猫のベビー服の幼児が撫でまわす。

その子に懐いているのか、ワンダニャンはされるがままだ。


「…ジャーファルさん、どうしたんスか?」

「えっ…」

「さっきから、ずっとあの子どもを見てますけど…」


マスルールに指摘され、ジャーファルは「そ、そうですか…」とやや焦った声を出してしまう。


(あの子は…間違いない。あの時の女の子だ)


以前、水鏡の映像に出ていた小さなエクレシア。

名前は『ソラ・アウリオン』

ジャーファルは、あの時にシズクが紹介していた三名の名前と顔はしっかり記憶に残していた。


(なんで、あの子は此処に…?)


浮上した疑問。

ソラは、何故マクスバードの市場にいるのか?

同時に、ソラに懐いているあの生物は何なのか?


「お兄さん達!」


謎が増える中、ジャーファルの思考を一時的にストップさせたのは…女店主だった。


「よかったね、いいタイミングで知人が戻ってきたよ」

「…という事は」


女店主の発言に、マスルールは視線をその人物へ向ける。


「ん? 店長…その人達は?」

「徐倫ちゃん、実はね…」


そう…女店主の知人であり、ウィンクルム社に勤めている人物とは、徐倫であった。


(まさか、初日で重要人物と接触するなんて…あり得るのか)


それがあり得るのだと、視界に映る彼女達が証明している事に、ジャーファルは未だ現実味を持てていない。

幼いエクレシアとその関係者である女性を交互に見つめながら、あまりにも幸運に近い偶然に一抹の薄ら寒さを感じずにはいられなかった。




【半端ないエンカウント率】




市場内で騒ぎが発生していた同時刻、駅で一人の少女がうろついていた。


「すみません…見覚えありませんか?」


一枚の写真を行き来していく人々に見せながら、誰かを探しているようだ。

しかし、聞く人誰もが首を横に振るのみ。


「ハァ…目撃者ゼロ、か」


黒いキャスケット帽を被り、黄色のスーツを身に着けた少女…レイア・ロランドは溜息を漏らしてしまう。

とある事情で、彼女は写真に写っている対象者を探している。

マクスバード付近で目撃されたと聞いたのが、昨日の事。

情報を頼りに、現在進行形で調査をしているのだが…状況はよろしくない。

どうにか、見つけ出さなくては…依頼人を待たせる訳にはいかないのだ。

すると、レイアは持っていたGHSを取り出した。


「…ちょっと相談に乗ってもらおう」


画面に表示されている名前…レイアの知り合いであり、一年前に旅をしていた仲間である。

…近いようで、遠い位置にいる人。

それでも、彼女の中では一番相談をしやすい人物なのだ。


「もしもし!」


GHS越しに、レイアはその人物と話をしていく。

この電話がきっかけとなり、後に新しい出会いと、衝撃の再会の場を生み出す事になってしまう。





【つづく】

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