第3章:交差する記憶と今
ジャーファルとマスルールは、声の方へ一斉に視線を向けた。
彼等の目に映ったのは、若い商人見習いらしき青年が尻餅をついて手を伸ばして、助けを求めている光景。
それから、如何にも悪人面な男が全速力で駆けてきている場面だ。
この世界に降り立って早々、小規模な物騒な出来事に遭遇するとは…。
「ジャーファルさん」
「マスルール、貴方が出なくてもいいです」
ジャーファルは、服の中に忍ばせておいた縄鏢を取り出してその男に狙いを定めようとしたが…
「ぐぉっ!」
しかし、ジャーファルが仕掛ける前に、男は盛大にすっ転んでしまった。
同時に、片手に持っていたガルドが詰められた小袋が大きく弧を描いて飛んでいき、ある人物がそれをキャッチした。
「あららー、逃げてたのに小石で躓くなんて間抜けなひったくりねぇ」
笑いながら、ガルド入りの小袋を軽く宙に投げて遊んでいるまだ顔に幼さを残した若い女性。
お団子頭の黒髪に、後ろの方は長い髪をそのまま下ろしている。
女性は倒れているひったくりを横切ると、被害者である青年に「手出して」と言う。
尻を擦りながら、言われたとおりに右手を差し出した青年。
女性は、ガルドの小袋を彼の掌にぽふっと置いた。
「今度は気をつけなさいよ」
「あ、ありがとうございます…!」
親切な対応に、青年はぺこぺことお辞儀して感謝している。
その周辺にいる人々が、彼等へ視線を集中させている隙に倒れていたひったくりはよろっと立ち上がり、反対方向へ逃走しようとしたが…
「貴方の行く場所はそちらではないでしょう」
前方を塞ぐように、見知らぬ男性二人が立ちはだかっていた。
「くそっ! どきやが…っイテテテ!!」
ズボンのポケットにしまっていたナイフを取り出して、振りかざそうとした男の腕をマスルールは片手で容易く掴み上げた。
あまりの握力に、最初は悪態をついていた男はしまいには「す、すみません! ゆるしてください!」と涙目で訴えだした。
「マスルール、もうちょっと力を弱めてください…その人が逃げない程度に」
「うっす」
ジャーファルの指示通りに、多少の手加減をしつつ、エレンピオスの兵士が訪れるまでマスルールは男の両手をがっちり拘束した。
「お兄さん、すごいねぇ。傭兵でもやってんのかい?」
十分後…やってきた兵士二人に男を引き渡すと、店の女店主がマスルールに対して称賛交じりで質問を投げかけた。
「………えと…」
マスルールはどう答えたらいいのか…首を捻る。
正直に自分の立場を伝えるべきだろうか…?
ジャーファルにアイコンタクトをすると、ジャーファルは「ひとまず肯定しなさい」と口パクと共に指でゴーサインを送った。
そうか…此処は異世界だから、自分の身分を明かしても意味がなかった。
「…まあ、そんなもんです」
その事を思い出したのか、少しの沈黙の時間を経て無難な回答に留める事にした。
「やっぱり! そっちのお兄さんとコンビ組んでるんだね」
「はい、私達は別の国で主な活動をしていたのですが、もっと活躍の幅を広げるためにエレンピオスのトリグラフへ行こうと思っています」
話に乗じて、ジャーファルがここぞと話題を盛り上げていく。
自分達の知名度の上げるために、トリグラフで働ける場所を探している事を伝えると、女店主はへぇーと関心を示す。
「なるほどねぇ…なら、クランスピア社あたりかね。でも、あそこは推薦状がないと難しいかな」
「噂でウィンクルム社という企業なら、経験ゼロでも面接をさせてくれるとお聞きしたのですが…」
「あぁー、その名前の会社を受けるのかい! なら、知人でその会社に勤めている人がいるけど、紹介しようか?」
「…!? よろしいんですか?」
女店主の意外な申し出に、ジャーファルは目を大きく見開く。
「お兄さん達、あたしの長い話を聞いてくれた上に商品も買ってくれただろ。『袖すり合うも多生の縁』って言うし…おばさんの気紛れなお節介だと思ってくれたらいいよ」
「いえ…ありがとうございます」
まさか、こんな形でウィンクルム社と繋がりをもてるとは思わなかった。
しかし、巡ってきた好機を逃すつもりはない。
「その人、今仕事でそこらを回ってるんだ。暫くしたらこっちに戻ってくる…」
「ギャー!」
女店主が説明をしていた最中、叫び声が再び響き渡った。
ジャーファルとマスルールだけでなく、市場内にいた人々の目が、その光景を映し出した。
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