第3章:交差する記憶と今


マクスバードは活気に満ちている。


「いらっしゃい、新鮮なリーゼ・マクシア産の野菜はどうだい!?」

「シャン・ドゥの伝統的な染め織物ですよ」

「最新の家電器具で、このお値段! お得ですよ!」

「今年の流行のファッションアイテムが勢揃いですよー」


リーゼ・マクシアからエレンピオスへ繋がる大きな通行路には、食品や民芸品、最新のGHSや化粧品といった様々な商品を取り扱う店が並んでいる。

まだ建設されて一年しか経過していないが、双方の国の商会や大企業が関わった事で、今や大規模な市場となった。


「すごい活気ッスね…」

「ええ、ざっと見たところ、どこも良質な物を揃えていますね」


ジャーファルの観察眼が冴え渡る。

少年時代から主であるシンと共に商売をしていたのだ。

物の目利きには自信がある方だ。


「はいはい、そこのお兄さん達!」


歩いている最中、恰幅のいい女性が呼びかけてきた。


「お兄さん達、旅行者かい?」

「ええ、そんなところです」

「やっぱり…よかったら、旅のお供にアイテムセットなんてどうだい? お安くしとくよ」


愛想よく商品を勧めてくる女店主に、ジャーファルはそうですね…と顎に手を添えて商品を見つめる。


「これは?」

「ああ、これは今、リーゼ・マクシアで大人気のお守りだよ」


そう答えると、女店主は掌にそのお守りを乗せて二人の前に差し出す形で見せてくれた。

染料を使って群青色に染めた布袋だ…その上から糸を用いて模様を作っており、中央に金糸で花の形が描かれている。


「これは【桜】って名前の花さ。お守りは精霊の加護をもたらすために文字を刻んだ形のものが主流なんだけど、これは一年前に出始めたスタイルなんだよ」

「流行って事っスか?」


マスルールが聞き返すと、女店主はそれもあるわねぇと答えた。


「この紋章は、現在のリーゼ・マクシア王、ガイアス陛下のお后様の象徴でもあるんだよ」

「お后様…ですか?」

「あぁ、次期王妃様…名前は『カナン』様っていうんだけど、その方の事をお兄さん達は御存じかね?」


会話から出てきたその人物の名前に、ジャーファルは微かに目を見張り、マスルールは小首を傾げる。

二人の相反する反応に、女店主はハハハッと豪快に笑う。


「どうやら、そっちのお兄さんは知らないようだね。カナン様はね、一年前の邪神討伐の功労者なんだよ」

「その事件は噂で聞いています。確か、遥か昔に封印されていた邪神が復活して、両国に脅威をもたらしたんですよね」


ジャーファルの言葉に、女性はその通りと神妙な面持ちで大きく頷く。

邪神とは…一年前にリーゼ・マクシアとエレンピオスを滅ぼそうとした古の破壊神の事。

元々は、エレンピオスで封印されていたその神を、当時の政権がエネルギー資源問題を解決するために、膨大な力を利用しようとしたのが事の始まりだ。

実験の段階で眠りについていた邪神は一時的に目覚めてしまい、同時刻に発生した『乗船ジルニトラ号事件』の騒ぎに乗じて、リーゼ・マクシアへ身を隠した。

それから月日を経て一年前に、当時のアルクノアのトップであった、名門貴族の分家出身…ジランドの所為で再び眠りから覚めた。


完全復活した邪神の力はすさまじく、彼のクランスピア社の上位エージェントでさえ、苦戦を強いられたのだ。

そんな邪神を討伐したのが、リーゼ・マクシア王ガイアスと仲間達。

そして、彼と契約を交わした特殊な種族…エクレシアであった。


「カナン様は今や、ガイアス陛下と並ぶ程の知名度と人気を誇っておられるんだ。城勤めしている息子から聞いた話じゃ、ちょいと変わっているけど、優しく聡明な方だと評判なんだよ」


まるで、自分の事のように自慢げに語る女店主に、ジャーファルはそうですか…とにこやかに相槌を打つ。

エクレシアの一人、カナンの事はサラの水鏡を通してどんな人物なのか、大まかに分かっていた。

飾らない感じの美人であったので、目の前で語る女性の言う通り、印象としては好ましいとジャーファルも思っている。

マスルールは仕事の関係で、カナンがいた時の様子を見ていなかったため、あまり関心がなさそうだ。


「おっと話がずれちゃったね! 何か買いたいものはあるかい?」

「それでは、そのお守りを二つとグミセットをお願いします」

「はいよ!」


この世界のちょっとした情報を聞かせてもらったお礼も兼ねて、ジャーファルはアイテムを購入する事にした。

ガルド(この世界の共通通貨)を払っていると、市場内に叫び声が走った。



「だ、だれかぁアア! ひったくりだァアア!」




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