第3章:交差する記憶と今
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な~♪」
トリグラフの西部にある商店街…晴れ渡った空のもと、たくさんの人で賑わっている。
その商店街の中のパン屋の中に、エルはいた。
このパン屋は五年前にオープンして、商店街の人気店の一つに数えられている。
店内には香ばしい匂いが漂っており、商品棚にはいろんな種類のパンが置かれている。
エルが目を爛々と輝かせながら、視線を右往左往している一歩後ろで、彼女を微笑ましそうに見つめるリエ。
今日は二人と一匹で買い物をしに来たのだ。
その一匹…ルルは店の出入り口で欠伸をしながら待機中である。
「エルちゃん、どれにする?」
「うーんと、うーん~…」
昼食のパンを好きなモノを選んでいいと言われ、エルは凄く迷っている。
甘い砂糖やクリーム、チョコ、フルーツ等を使った菓子パン。
卵やチーズ、ハム、野菜等が主体の総菜パン。
大まかなジャンルだけでも種類が豊富な上に…どれも美味しそうで数を絞る事ができない。
「うぅー…まよっちゃう…」
「うーん、確かにどれも美味しそうで選ぶのに困りますね」
迷うエルの傍らで、リエは袋入りの食パンを選ぶ。
それから、リーゼ・マクシア産の塩を使った『塩パン』、ハムと野菜、チーズがたっぷり入った『ピザパン』、『ミックスベリーのベーグル』…次々にトレイへ乗せていく。
スムーズにメニューを選んでいるリエの動きをじぃーと見ながら、エルが不思議そうに尋ねる。
「リエさん…こーいう時ってどうするの?」
「そうですね…」
リエはトングをカチカチと鳴らすとこう続けた。
「私の場合は、甘いものが食べたいと思ったら…まず自分が何が好きなのか思い出します。そして、私の好きなモノの中にカスタードクリームがあります」
「…ということは…“コレ”だね!」
エルが指さした先には…カスタードのクリームがちょこっとだけでている『クリームパン』が並んでいる。
「はい、正解」とリエは笑ってトングでクリームパンを二個トレイへ移す。
「エルちゃんが大好きなモノは何ですか?」
「うーん…たまご!」
「なら、卵のサンドイッチは如何かしら? 甘い物ならエッグタルトもありますよ」
「じゃあ、両方!」
リエのアドバイスで、食べたいメニューが決まった。
元気よく返事するエル。
彼女のリクエストを叶えるように、リエは二つのメニューをトレイへ移動させた。
「ありがとうございました」
…と朗らかな女性店員の声が渡る。
買い物をし終えたエルとリエは、石畳の道を来た時と逆方向へ進んでいく。
「いっぱい買ったね」
「ええ、買いましたね」
ほくほくと手に集まる温もりと食欲をそそる香り。
自分が食べるサンドイッチとエッグタルトが入った小さめの紙袋を、エルは嬉しそうに両手で持ってふんふん~♪とハミングする。
「ルドガーたち、お腹すかせてるかな~…」
「三人とも日頃の仕事で疲れが溜まっていたんですよ」
だからゆっくり休ませてあげましょう。
リエの言葉に、エルはそうだねと大きく頷く。
「疲れをとらないと病気になっちゃうって、パパも言ってた」
「そのとおり。一生懸命、仕事をするのはいいけれど、無茶をしすぎて身体を壊してしまったら大変です。
エルちゃんのお父さんは健康に気を遣う方なのね」
「うん! 自慢のパパなのです!」
大好きな父親の事を褒められ、エルは得意げに胸を張り、リエは微笑ましく彼女を見つめる。
「リエさんはウサギ仮面さんのママなんだよね?」
「はい、そうですよ」
「じゃあ…パパはどんな人なの?」
リーシェの父親であり、リエにとっての旦那さんはどんな人なのだろう?
エルが口にした素朴な疑問。
リエはうーん…と少し思案すると、苦笑してこう答えた。
「寂しがり屋さん…かしら」
「さびしがりや?」
「そう、本心では一人でいる事が寂しいのにそれを素直に言えない人…人一倍、大好きな人を傷つけたくなくて強くなろうとする人なの」
「すごい…リエさんのダンナさん、頑張り屋さんなんだね!」
「ふふっ、エルちゃんの言う通り、頑張り屋さんかしら」
エルの率直な言葉に、リエはふわりと笑った。
「ダンナさんは、あのお家に住んでるの?」
「いいえ、ダンナさんはお仕事で別の場所で暮らしているの」
「タンシンフニン?」
「そんな感じですね」
エルは次々と子どもながらに、頭に浮かんだ疑問をストレートに投げかけていく。
リエはそれに柔らかい笑みを浮かべて答えていき、事務所へ辿り着くまで二人は会話に花を咲かせた。
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