第3章:交差する記憶と今
「検診の時間ですよ」
朝食を済ませて、本日のユリウスの健康状態を確認する。
「よしよし…症状はなしっと」
腕を含めた上半身をくまなくチェックしたが、呪いが発動した様子はない。
「リーシェは…なんで仮面を被るんだ?」
聴診器をあてている最中、ユリウスが不思議そうに尋ねた。
現在、私は仮面を外している。
表の世界で活動をしていた時は、仮面を装着していたためか、素顔のままでいる私の姿にユリウスは思った事を口にしたのだろう。
「コミュニケーションを円滑にするため、かな」
「仮面、関係あるのか…?」
「大いにある。だって、仮面をつけた方が他人と話しやすくなりますから」
至って真面目にそう答えたら、ユリウスは微妙な顔で「そ、それが理由…?」と言葉を漏らす。
私は近くにある棚に立て掛けている愛用のウサギ仮面を手に取って、それをユリウスに見せる。
「昔から、あまり人と話すのが得意じゃなくてね…ある日、義理父と外国に旅行してる時に、彼が仮面をプレゼントしてくれたんです」
初めて手に取ったその仮面は、その旅行先…小さな異国の祭に私と義理父で出かけた時に、屋台の一つに商品として並んでいた物の中にあった。
もっとも、あれはこんな奇抜な仮面ではなくて、子どもが好みそうな可愛らしいデザインのものだったが…。
「物心ついた時から、ウサギが好きでね…義理父はその事を覚えててくれたのか、この仮面を買ってくれたんです」
仮面をプレゼントしてくれた日は、ちょうど私の誕生日でもあった。
今まで誕生日になったら、料理上手な義理父はたくさんご馳走をつくってくれたが、物を贈られたのはそれが初めてだった。
「不思議と仮面をつけていると、自信が湧いてきて…だから、日常的にこれをつける習慣がついたんです」
「…そうだったのか」
しかし、ユリウスはさらに疑問が生まれたのか言葉を続ける。
「だが、素顔でも普通に話せてるじゃないか」
「今はね…素顔でもある程度話せるようになったから。でも、仮面をつけていた方が楽に話せる」
素顔で話していると途中で疲れてくる。
仮面越しなら、何時間でも休み入らずで話せられる。
いわば、仮面は私にとってある種の変身アイテムのようなものだ。
「なるほど、君にとって必需品なんだな。その仮面は…」
「そーいう事」
会話しつつ、私はウサギ仮面を装着する。
ああ、やっぱりこれをつけると違う。
みるみる内に、気分が高揚してくる。
「さーて、今日は外に行きましょうか~」
ユリウスの体調は安定しているし、本人も身体を痛めるような活動を控えるようになった。
特に他の仕事もないため、情報収集がてらトリグラフへ行く事にした。
「貴方は、どうする?」
「俺は…留守番してるよ。君にばかり負担をかけてしまっているからな。思う存分、気分転換してきてくれ」
あの治療法以降、ユリウスは物分かりが良くなってきた…非常に喜ばしい事だ。
もしも、不在時にこそこそと何か企もうとしても、私には“こいつの居場所は特定できる”からさして問題ない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
つけていた仮面を外した私はくすりと笑った。
そんな私の笑みを見ながら、「気を付けて」と見送るユリウス。
…なんだかこういうルームシェアもなかなか悪くない。
見送ってくれる相手がいると安堵してしまう。
(元気にしてるかな…)
ふと、遠い世界にいる恋人の顔が頭をよぎった。
大人しく本業の仕事をしていればいいけれど…と思うが、多分『あいつ』の事だからピザ喰って寝てるだろう。
今の私の顔は柄になく緩んでいる
手を翳して外へ繋がる出入り口を開く。
「―――【解除】」
時刻は―――午前9時20分。
今日は…ラクな気分で散歩にいそしもう。
【よみがえる記憶の欠片】
時間をさかのぼり、午前8時30分…トリグラフ駅から、一人の女性が改札口を通って出てきた。
後ろ側が肩につく程度で、左右サイドが長いアメシスト色の髪、この辺では見ない端正な顔立ちの美女に、列車待ちしている人は釘付けになる。
「…約束まであと1時間、か」
女性…カナンは電光掲示板の上に表示されるデジタル時計を見ながらそう呟く。
今日は私事で、ある人物と会う約束をしている。
時間にまだ余裕があるため、駅にある喫茶店で軽食でもとろうかと思案していたその時…
「すまない、ちょっと聞きたい事があるんだが…」
右横から不意に声をかけられた。
カナンが「はい…?」とその声の方へ視線を向ける。
そこには、声の主…背の高い銀髪の見知らぬ男性がいた。
リーシェはこの時点で気付いていなかった。
一度、忘却の彼方へおいやった記憶がふわりと浮上した、それが「予兆」だった事に…。
さらに、自分と姉が懸命になって戦った『あの男』と近い内に相見える、不測の事態になる事を…。
【つづく】
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