第2章:長期任務の幕開け
海の水面にキラキラと陽が映る程の快晴日。
シンドリアの王宮内では、文官や武官達が忙しなく動き回っている。
何故なら…本日、この国を支える二人の人物が長期遠征のため、『異国』へ出発するからだ。
「よ、ジャーさん、マスさん…準備はできたかい?」
光り輝く大きな魔法陣が描かれた大広間。
朝食を取って、大いに満たされたサラは機嫌よく、向かい側に立つ男性二人に問いかけた。
そこには、いつもの文官の服装からエレンピオス風の現代服に着替えたジャーファル。
そして、大きな荷物を背負ったマスルールがいた。
「はい、もちろん」
「ばっちりッス」
「よーし、じゃあ行く前に、念の為に他の皆に言いたい事があるなら言っとけよ~」
出発の日が訪れるまでの数週間、ジャーファルは急ピッチで準備を進めた。
大量に抱え込んでいた仕事の振り分けや、急な来賓が訪れた時のための対策、同盟国への内密の連絡…など。
各方面の対策をする傍ら、あちらの世界の一般教養をマスルールといっしょに学んだ。
詰め込み式だったため、未完成なところはあるが、日常会話を理解してある程度喋れるレベルには到達した。
後は、翻訳機の機能を兼ね備えたピアスを装着しておけば問題はないはずだ。
いくつかのアイテムも荷物の中に入れておいたし、旅業に慣れている彼等なら上手く活用してくれるだろう。
「私とマスルールがいない間…シンドリアをお願いします」
見送りにきた仲間達に、ジャーファルは頭を下げてお願いした。
「おう、任せとけ。二人とも、無茶しねえようにな」
「王を頼んだぞ」
「不在時の各方面の情勢は、交代で逐一連絡いたします」
「あっちに行ったら王様によろしく伝えてくださいねー!」
「こっちもみんな元気だって、報告してねー!」
「ジャーファルさん、マスルール君…気を付けていってらっしゃい」
「ありがとう…」
六人からそれぞれ言葉を贈られると、ジャーファルは穏やかな顔で礼を言った。
マスルールも「はい」としっかりとした口調で力強く頷く。
二人は、魔法陣の中央へと足を進ませた。
呪文を唱えようとしたサラ。
その時、ある事が頭をよぎり、念の為に二人に向かって言った。
「二人にあらかじめ言っておきたい事がある」
「なんですか…?」
「水鏡を見てたから知ってるだろうけど…エレンピオスは今、シン以外にも別の異世界からやってきた人間がいる。
ぶっちゃけ、異世界を渡り歩ける人物は注意しな。敵になるか味方になるか慎重に判断して付き合うかどうか決めてくれ」
「ご忠告有難く頂戴いたします。…シンと合流したらその辺の事も含めて話し合うつもりです」
「うん、そうしてくれ」
「あの、サラさん…」
話している最中、マスルールが小さく挙手した。
「一つ聞いてもいいっすか?」
「うん、何を?」
「サラさんは…異世界の情報とかたくさん把握してる。なら、エクレシアの事も知ってるんじゃないですか?」
マスルールの質問に、ジャーファルを含めた八人将がハッとした。
彼が初めてそれを口にするまで…誰も気付けなかった。
異世界を股にかける『なんでも屋』である彼女なら、エクレシアの情報も握っている可能性を…。
「いやぁ…結論から言えば、知ってる。エクレシアの何名かとも顔馴染みだし。
…てか、ジャーさん達からその質問くるの期待してたけど、マスさんが言うまでぜーんぜんこなかったのが不思議でなんないし…」
なんで、今まで質問してこなかったのさ?
サラから微妙な顔で問い返された。
ジャーファルは、思わず地面に手を付けたい衝動に駆られてしまう。
(本当に…なんで…よりにもよってこの時になるまで、そんな重要な事を思い浮かばなかったんだッ…!)
「あの、すみません。俺…まずい事言ったみたいで…」
チーン、という効果音と共に意気消沈するジャーファルの様子に、普段は顔に感情の機微があまりないマスルールがあわあわと動揺する。
「…いえ、マスルール。貴方の所為じゃありません」
切り替え早ッ…!と八人将の何名かが呟く。
古参のヒナホホとドラコーンはどこか生温かい眼差しでうんうん頷いている。
「サラ殿。今は時間がありません。あちらに着いてから詳しく教えて頂けますか?」
「俺が答えられる範囲内でなら…んじゃ、始めるぜぇ~」
改めて、サラは呪文を唱えだす。
魔法陣の光が強くなる中、ジャーファルとマスルールは仲間達の方へ視線を向けた。
「それでは…またあとで」
「いってきます」
魔法陣の周りに強力な光柱が発生し、逆回転しながら二人を包み込んでいく。
「シン…待っててください!」
その日、まだ太陽が東から昇って間もない時間帯にシンドリアの王宮から一筋の光が天高く昇って行った。
主がいる遠い異国の地へ…二人の従者が旅立った。
【動き出す勢力、旅立つ者達】
「はっくしょん!」
「あら、シンさん。大丈夫ですか?」
時刻は午前四時五十分。
つい十分前に、シンとシズクはウィンクルム社へ帰宅した。
そんな二人を待っていたのは…リエだった。
「お話は此処までにしておきます。…でも、お二人とも、今度ジョギングに行く時は、時間帯を選ぶ事と事前の連絡を忘れないでくださいね」
「すみませんでした」
「…以後、気をつけます」
二人の謝罪に、僅かに眉を曇らせていたリエの表情が微笑みへ変化した。
シンがくしゃみをした事で体調を気遣われたのか、長めのお説教は終わりを告げた。
カーペットの上とはいえ、正座はきつかったのか、シンははぁーと脱力したようにラクな姿勢になる。
「外は寒かったでしょう。二人に必要なのはまずは身体を温める事です」
はい、どうぞと手渡されたのはホットココア。
「いただきます」
シズクは真っ先にココアに口をつけ、続けてシンも飲む。
「…おいしい」
「はぁ~、あったまる…」
小さく呟き、頬を緩めるシズク。
温かい飲み物で寒さが和らいだのか、シンも目を細めてリラックスしている。
「今日は仕事もありませんから、しっかりと体を休めてくださいね」
リエの言葉に、二人は「はい」と首を縦に振る。
窓から外の様子をちらりと見ると、先程まで降っていた雪がやんでいた。
雲の切れ目から、陽の明かりが差している。
(朝食の後で…ゆっくりお散歩にでも行きましょうか)
今日は何かいい事が起こりそう。
リエはそう思いながら、窓越しに朝の風景を眺めた。
《第3章へつづく》
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