第2章:長期任務の幕開け


「次に後者の方だが、この世界では夢の領域を生み出せる人間は極少数。人口の1割にも満たない」

「いい領域の主(ひょういさき)は見つけたのか?」

「数年前にな。私好みの味でね…おっと、教えないぞ。お前はもういるじゃないか」


夢の領域をつくりだせる人物は、扱える能力の有無に関わらず少ない。

そんな雀の涙の数の中から、己に最適な憑依する対象を見つけ出すのはさらに難しい。


「とらねえよ。あと言っておくが、俺はあの若造に好きで憑依してる訳じゃねえ」

「なら何故?」

「周辺が面白い」


ハァ? とわけわからんという感情を表に出すモンスピート。

エスタロッサはくくっと口角を歪めて奇妙な笑いを浮かべる。


「あの若造…魔力の味はいまいちだが、本人の意思とは別に特殊な人物と遭遇する確率は一般的な人間よりも高い。

つい最近、その類いの奴らと遭遇してな…一悶着あって今に至る訳だ。だがそのおかげで、あいつの魔力を使いやすくなった。

ウツセミでの出現時間と行動範囲も広がって、今ではそこらの大衆食堂の常連になりつつある」


おっと脱線しちまったなとエスタロッサは話を戻そうとする。


「…なんとなく分かったよ。お前がその連中に目をつけたのだろう?」

「まあ、そういう事だ」


エスタロッサがあっさりと認めた事に、モンスピートはやれやれ…と肩を竦める。


「羽目を外したい気持ちは分かるが、あんまり派手に動かないでくれよ。ゼルドリスにまた言われるぞ」


十戒のリーダーであるゼルドリスが、眼前にいる男に手を焼いているのを知っている。

いらんお節介だと思われるが、釘を差しておかないと、エスタロッサは単独行動に拍車をかけてしまうだろう。


「安心しろ。深入りする気はねえよ」


モンスピートの忠告に、エスタロッサはそう返事する。


「そいつらよりも、気になるやつがいるからな」

「…気になる?」


真面目な顔に切り替えたエスタロッサが言った言葉に、モンスピートが尋ね返す。


「懐かしい匂いがする…この町のどこかにいるようだ」

「もしかして…その人物とは、以前言ってた『ヴァイスハルトの血族』か?」


先日の異世界での会合時に、エスタロッサが衝撃的な報告をした。

遥か昔に、異世界の大戦に巻き込まれた挙句、理不尽な裁判の末に殺された同胞の血を引く子孫がいると…。

最初は、あまりにも現実味のない推測だと俄かに信じられなかった。

だが、あの黄昏の町にいた【彼女】の面形を残す人物の魔力を感じとった事で、エスタロッサの報告が事実なのだと徐々に理解せざる負えなかった。


「…あの町にいた娘とは違う。少し前に領域であった双子のうちの一人だ」

「名前は『アン』と『ダイアナ』と言ってたな…」

「アンの方だ。しかも…‟あの時”と比べて格段に魔力の量と質を向上させてやがる」


エスタロッサの顔が自然と綻んでいく。

あまりお目にかかれない仲間の表情に、モンスピートは凝視してしまう。


そういえば…過去に数回だけ見た事があった。

まだ、ヴァイスハルトと彼の見初めた【彼女】が生きていた頃…彼等に対してその顔を浮かべていた。

エスタロッサにとって、彼等は特別な位置にいた。

その事が、目をかけられた当人達にとって幸か不幸かはさておき、彼のお気に入りは昔も今も変わっていないようだ。


「もし…ヴァイスハルトが生きていたら、モンスピート、お前はあいつに何か言いたい事とかあるか?」


すると、エスタロッサは意味深げな問いを投げかけてきた。


「…いきなりなんだ、難しい質問だな」


ガランだったら、シンプルに「殴る!」とか言ってそうだ。

同胞はこちらの制止を振り切ってまで、【彼女】を助けに行った。

それが運命の分かれ目で、今でも大半の者の心に傷跡を残している。


「『なんで生きてるんだ?』とか『今まで何してたんだ?』とか、色々と尋問するかもね」


あくまで仮定の話だ。

実際は、魂の居所さえも分からないのに…運よく生まれ変わっていたとしても、ヴァイスハルトが前世を覚えている可能性は低い。

…無性にやるせない気分になる。


そういうお前はどうなんだ?

質問を問い返すと、エスタロッサは濃い闇色の空を見上げた。

空を覆う黒い雲を潜り抜けて、白い結晶がハラハラと舞い降りてきた。


「今度こそ…逃げねえように捕まえる」


エスタロッサはハッキリした口調で答えた。

舞う粉雪を眺めるその目は、獲物を定めて捕える鷹のように鋭い。

その異様な言葉に対して、モンスピートは特に意見せずに、缶コーヒーを飲み干すと口を開いた。


「時間だ…一足先に帰らせてもらう」

「『相棒』を迎えに行くのか?」


エスタロッサが茶化したように言うと、モンスピートは軽く溜息を吐く。


「憑依先の人間が活動する時間帯だから一旦、元の空間に戻るだけだ。あいつは関係ないよ」


モンスピートは「ではお先に」と言うと、闇に包まれて姿を消した。


「…なら、俺はその逆だ」


掌についた雪が溶けて、水滴へと変わる。

…大事なモノは目を離すと、どこかへ消えてしまう。


エスタロッサは数回、その経験をした。

一度目は、聖戦の時代に知りあった『ある人物』を…

二度目は、知己と【彼女】を…

三度目は、知己と【彼女】の血を引く双子の姉妹を…

…もう同じ過ちは繰り返したくない。



「久々に、あいつの魔力も味見したいな。

―――待ってろよ、『アン』」



背中に漆黒の大きな翼が出現した。

翼を羽ばたかせ、エスタロッサは夜空へと飛び去っていく。

翼と同じ黒色の瞳は、宝物を探し出した子どものように爛々としていた。




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