第2章:長期任務の幕開け
その日、アーサーはエレンピオス総合病院にいた。
彼は薬剤師として病院の薬局で働く一方で、薬の開発にも携わっている。
今日も部屋の一室を借りて、新薬の研究を夜遅くまでやっていたのだ。
さすがに眠気に負けてしまい、宿直室で仮眠をとる事にした。
―――ピピピッ!
「んぁ? もう時間かぁ…」
数時間寝た事で、多少の疲れも取れた。
研究資料を作成する前に、まだ残っている眠気を覚ますためにコーヒーを飲もうか。
背伸びしながら、窓の景色を眺めるアーサー。
この五階の宿直室からは向かい側の病棟が見える。
まだ薄暗い闇空が景色を覆いつくす中、一部の病室をぼんやりした灯りがついている。
その時、アーサーは「ん?…」と目を細める。
屋上に何やら人影がふたつ見えたような…
「…って気のせいだよな」
向かいの病棟の屋上は、今の時間帯は患者が行き来できない。
十数年前に、鬱病で自殺しかけた患者がいた事がきっかけで、午後八時を過ぎると自動的に出入り口の鍵が閉まるシステムになっているからだ。
ここの所、睡眠時間が短い所為か頭が上手く働かない…それで幻覚でも見たんだろう。
アーサーはそう結論付けるとコーヒーを買うために自動販売機のある場所へ向かった。
*** ***** ***
「今夜は一段と冷えるねぇ」
向かい側の病棟の屋上に、渦中の人物達がいた。
屋上の柵に背中を預けるエスタロッサに、モンスピートは話しかける。
「そうか? 病院内が暑すぎたから丁度いいと思うけどな」
「長時間外にいてみろ。今度は体内の温度が急激に冷えて風邪ひくぞ」
ほら、とモンスピートはエスタロッサにある物を渡した。
エスタロッサは放り投げられたそれをパシッと受け取り、ラベルをみると…
―――『コーヒー(まったり焙煎)』
「なんだ、酒じゃねえのかよ」
「仕方ないだろ。この世界では酒を買うためには成人年齢を証明するためのアイテムが必要なんだ。文句があるならエレンピオスの政府に言いなよね」
ま、難癖つけるよりも武力行使した方が早いけどね…と何気に物騒な事を言いながら、缶コーヒーの蓋を開けるモンスピート。
エスタロッサも同じく蓋を開けるとくいっと一口飲む。
「ほぉー…意外とうまい」
「そうだろ、眠気覚ましにはちょうどいいんだ」
モンスピートはそう言いながら二口目を飲む。
ひんやりとした夜風が全身を触れていく。
まだ湯気が立つ香り高い飲み物のおかげで、身体に熱が浸透していく…そのおかげで一時的だが温まっていく。
「この世界はどうだ?」
エスタロッサの端的な問いかけに、モンスピートは口から缶を離す。
「それはこの世界全体の客観的評価を指しているのか? それとも、憑依するのにちょうどいい人材を見つけるのに最適なところか訊いているのか?」
「両方」
「まず前者の方だが、簡潔に言えば…色々とちぐはぐだな。一年前に本来あるべき姿に戻ったけど、諍いの火種の所為で不協和音が鳴っている。
調和を図ろうとする動きもあるが、大規模な争いへ発展する可能性の芽を完全に摘む事は難しいだろうね。
あと、我々の栄養源に相当する魔力…ここでは【マナ】だな…まだ空間が隔絶されていた時期であれば、リーゼ・マクシアは住むのに理想だと思えたが…
今はエレンピオスで普及している魔道具の所為で潤沢にあった【マナ】は徐々に薄らいでいる。今後次第でこの世界の環境は大きく変動してしまうからデメリットの面が大きい。
その点を踏まえて、仮にあの封印から完全復活したとしても、この世界を“拠点”にするのはお勧めできないね」
エレンピオスとリーゼ・マクシア双方の評価を語るモンスピート。
いずれ、自分を含めた十戒のみならず、封印されている一族があの【常闇の棺】から復活を果たしたら、四種族への報復とブリタニア侵略を遂行するつもりだ。
だが、三千年の間…独自の方法で活動をしていた彼等の中にある思いが芽生えた。
異世界を飛び越える術を身に着けたのだから…さらに有効活用できないだろうか、と。
ブリタニアを征服した後、多少の混乱が起きる事を想定し、それらへの対処や味方や傘下の部族への処遇、新しい統治体制への確立など…
多数の案件を片付け、すべてが安定してきたら次の目標へ移行していく。
長い間、星の大海にある多数の異世界の状況を憑依した人物越しに観察してきた。
その中には、魔神族にとって住みやすい環境があったり、有益な資源や技術などが豊富にある世界も存在する。
彼等の目に叶った世界毎に拠点をおいていき、あわよくば新たな領土を確保していく。
いわば、魔神族による「異世界進出」というプロジェクトを進めている最中なのだ。
今は、初めの基礎部分を構築している段階で、各メンバーは各世界の調査や情報収集がメインだ。
現段階で下地を整えておけば、後々スムーズに活動を行える。
何事もコツコツと積み重ねが大事なのである。
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