第2章:長期任務の幕開け


リゾットは、トリグラフ海停を歩いていた。

三日に一回のペースで、『真夜中の散歩』をするのは彼の個人的な趣味になりつつある。

大都市、トリグラフはエレンピオスの首都だけあって治安はいい方だ…今の所、物騒な物を振りかざす人物に遭遇していない。

だが、念には念を…護身用のナイフは肌身離さず持ち歩いている。


足音を立てずに、海を眺めながら歩を進めていた。

すると、闇夜に慣れた視界が一人の人物を捉えた。


「よぅ、元気か?」


相手の男はきさくな感じで話しかけてくる。


「健康面はさして問題ないな」


リゾットも警戒する事無く普通に返事をした。

黒雲に隠れていた月が姿を出す。

月明かりに照らし出されたその男は、燃えるような赤い髪の青年だ。


「いいタイミングででてきたな」

「そうだな…ところで、アクセル」


月を眺めながら青年…アクセルに対し、リゾットは本題を口にする。


「いい『ネタ』はあるか?」

「いくつかな」


真夜中に散歩をするのは、秘密裏に情報を入手する口実も含まれている。

リゾットは、情報提供者であるアクセルからいくつか有益な情報を仕入れては、仕事に生かしている。


「噂通り…ラカノン商会の代表はやり手のようだな」

「リーゼ・マクシア出身の商人達に目をつけてるようだぜ。他人のアイディアを盗んだとしても、先に自分のものだと言っちまえばそれが事実になるからな…」

「そういえば、ド・ヴォールの裏組織に関してだが…」


対価は、リゾットが独自に仕入れた情報やアイテム。

ウィンクルム社に非正規社員として活動する傍ら、自らの組織のコネを用いて、時間をかけてエレンピオスの裏社会との繋がりを徐々に確立していっている最中だ。

出来る限りスマートな方法で相手側と交渉する事を心掛けているが、場合によっては肉体的言語で語り合う事もある。

その所為か、最近はそこらのチンピラ風情はリゾットを目にするや露骨にビビったり、そそくさと退散するようになった。


「表の方の仕事はどうだ?」

「つつがなくやっている」

「ふー以外のエクレシアとはうまくいってるようだな…」


それなりにな、と簡潔に返事をするとアクセルは満足そうに口端をあげる。

リゾットは、この世界では新たに二名のエクレシアと接触した。

二名ともこちら側の内情を深く介入せずに、逆に気配りしてくれる。


「よほどの事がない限り、彼女達とはうまく付き合いたいと思っている」

「ならよかったぜ。その調子でガンバレよ……あとこの世界に、フィンはいるのか?」


アクセルは途中から真顔となって、リゾットの真の目的に触れてきた。


「…ハッキリした訳じゃあない。だが、彼女の気配が朧げだがする」


リゾットは視線をトリグラフの町の方へ向ける。


「この世界のどこかに彼女の足跡があるはずだ。時間がかかっても見つけ出す」


決意を秘めた目と強い口調でそう断言するリゾット。

彼の気持ちを察したのか、アクセルはそっか…と軽く返事をして強くは追及しなかった。


「話変えるが…知らせておきたい事があるんだ」

「なんだ?」


アクセルは腕を組んで真剣な顔で話し出した。


「…例の『大変動』の余波が他の世界にもでているのは知ってるだろ?」

「ああ、一応あの『実行犯』をこの目で見た目撃者だからな」



―――【大変動】

この世界の時間軸で言う八ヵ月前に起きた、数多の世界を震撼させた事件の総称だ。

そもそものきっかけは、リゾットがいる世界で起きた事件が原因で、その犯人の女性の怨霊の特殊能力が引き金だった。


犯人が変異した特殊能力で次元を歪めた影響は予想以上にすさまじく、各異世界で現時点で三桁単位の行方不明者の発生、

闇の勢力の不法侵入、さらには特異的な能力の発現者の登場などを引き起こす事態へ発展した。

その実行犯を裁いたエクレシアが…リゾットの探している人物、フィンである。



「あの騒動に紛れて、世界越えをしだした連中がいてな…ま、ほとんどの奴らはエクレシアや俺達で食い止めたが…」

「まだ暗躍している者共もいるんだな」


リゾットが被せるように言うと、アクセルは小さく頷く。


「その内のひとつが盗賊団『幻影旅団』。お前もその内の一人の顔見た事あるだろ」

「あの記憶を読み取る女か…」


リゾットの脳裏に、故郷で遭遇した幻影旅団の団員の女性の姿が浮かび上がった。

彼女は、ソラとフィンを観察していたようだが、危害を加える様子がなかったので、注視するだけに留めていた。


「リーシェが念…?って言ってたか、その特殊能力使って、行動範囲を抑えてくれてるから、今の所は大人しくしてるようだが…油断ならねえ連中だ」


アクセルは難しげに眉を顰めて続ける。


「特に、団長のクロロ=ルシルフルって男は切れ者らしい。…そんな野郎が一番欲しいものをみすみす諦めると思うか?」

「俺だったら、周囲を欺きつつ標的を捕まえる計画を練るな」

「…やっぱ、そうだよな」


リゾットの返答に、アクセルは腕を組んで目を伏せる。


「俺も、上の連中もあんたと同じ考えなんだ。だから、あいつらの周辺を探ってる」

「…そうか、相手に気付かれねえよう気をつけろよ」

「気遣いありがとな。そうだ…この事も念のために言っておこうか」

「…?」


「幻影旅団や他の勢力も注意する必要があるが…最近、別のルートで怪しい動きをする奴らが増えている」

「別のルートとは…闇の回廊や特殊能力の類か?」

「いや、『夢』だ」

「夢…だと?」


返ってきた予想外の回答に、リゾットは些か信じ難い表情を浮かべる。


「信じられねえだろうが、俺達が眠りにつく間に見る夢ってのは、一種の領域を生み出す事もあるんだ。

夢の世界は、現実の世界とは違ってかなり特殊な場所なんだ…一部を除いて、普通の人間が他人の夢の領域へ自由に行き来できる訳じゃないからな」


「となると…他人の夢に侵入できる者もいるんだな?」

「あぁ、『夢渡り』っていう技を扱える能力者だ。…俺もその辺の知識は詳しくないんだが、簡単に言うと、その能力者の中に相当やべぇ連中がいるって話だ」


真剣な表情で語るアクセルに、リゾットの胸はざわめきだす。



「…その連中の顔は割り出したのか?」

「いや、ただ…その連中の何名かとうちの組織のメンバーとエクレシアの一部が遭遇してな…メンバーの一人がこう言ったんだ」



『鉢合せたら逃げろ、単独では勝算がない』

アクセル曰く、その発言をした仲間は組織の中でも一、二を争う武闘派らしい。

13機関の中で、リゾットが顔を合わせた構成員は少数だが、知りあった彼等が易々とやられない戦闘の経験者である事は理解している。

そんな彼等でさえ複数がかりでなければ、太刀打ちできない人物とは…



「―――気を付けろよ。

敵は見えない所に潜んでるかもしれねえからな」




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