第2章:長期任務の幕開け


「…あれが光翼なんだ。すごい…」


遠目からも、その幻想的な光景はよく見える。

普段は表情の機微の変化が乏しいシズクが、うっとりとリーシェの光翼の美しさに見惚れている。

かくいうシンも…同じだった。


「…逆の色…なのか」


自ずとその一言を呟いていた。

過去の記憶が蘇る。

【彼女】が初めてエクレシアの光翼を見せてくれた時の事…。

【彼女】の光翼は夜の海を連想させる蒼色だった。

綺麗だ…素直にその感想を口にした時の【彼女】の表情が今でも忘れられない。



《―――ありがとう》


「シンさん」


一気に現実へ引き戻された。

数分前まで、リーシェの光翼を凝視していたシズクに名を呼ばれた事によって。


「あっ、なんだい…」

「『逆の色』って何ですか?」


いきなり投げかけられた質問に、シンは硬直した。

先程の呟きをシズクは聞き逃していなかったようだ。


「一応、耳はいい方なんです。だから、とぼけないでくださいね」


真顔で先手まで打ってきた。

…失言したか。

シンは心の中で小さく溜息をする。



『じゃ、そろそろ帰るよ』

『兄さんに伝えてくれるかな?…【帰ってくるのを待ってる】って』

『りょーかい。ついでに【偏った食事はするな】と付け加えておきましょう』


その時、リーシェが今日はこの辺でお開きにするという会話が聞こえた。

シンとシズクは視線をパッとそちらへ向けると、リーシェは広げた光翼を羽ばたかせて、宙へ浮かんでいた。


『ありがとう…リーシェ』

『またメールするよ。…ではでは、おやすみ、ルドガー』


リーシェは「次会う時も同じ方法で」と暗に告げると、輝く月がある方向へ飛び去って行った。

ルドガーは、彼女の姿が見えなくなるまで手を振り見送ると、ブランコから腰を上げた。


『さ、帰ろう。ルル』

『なーう!』


地面で待機していた愛猫のルルの背中を撫でて、立ち上がらせると、いっしょに事務所へ帰路についた。


「うん、俺達も帰った方がいいな」


ルドガーが去っていくのを確認すると、シンがスタスタとマンションの陰から出て行こうとする。


「シンさん、待って」


帰宅しようとするシンを、シズクが制止する。


「私の質問に答えてください」


シズクの目力がいつも以上に凄い。

さらに、彼女の身体全体から有無を言わさぬ強い気迫を感じてしまう。

…これは誤魔化しきれないようだ。

その事を察したシンは徐に口を開く。


「…分かったよ」


振り返り、シズクと顔を合わせる。


「じっくり話そう。まだ夜は長いからね」


ニコッと笑みを浮かべ、彼女の要望をすんなりと承諾した。

その瞳に静かな攻撃性を潜ませているのを、シズクは見抜きつつも怯む様子はない。


「まずは座らないかい?」


シンが近くにあるベンチを指さす。

シズクは小さく頷いて、彼の提案に賛成した。

…これは一種のタイマン勝負だ。

逃げる真似は絶対にしたくない。


公園に設置されている時計の時刻は午前2時5分。

2人のながーい“話し合い”はひっそりと幕を開けた。




【密議は始まる】




「ただいま~…」


事務所へ戻ったルドガーはボタンを押して、薄暗い玄関口に灯りをつけた。

寝静まっているだろうエル達に遠慮するよう、こそっと帰宅の合図を呟く。


「おかえりなさい」

「…わっ!?」


不意にきた迎えのメッセージに、ルドガーは吃驚してしまい、慌てて口元を聞き手で押さえる。


「ごめんなさい。驚かせちゃいましたね」


フフッと朗らかに笑うリエ。

はぁ~と安堵の息を漏らすと、ルドガーは苦笑いする。


「リエさん、ただいま帰りました」

「お疲れ様です、ルドガーさん。娘とは…納得のいくまで話はできましたか?」

「はい、おかげさまで…」


明るい表情で答えるルドガー。

「よかったですね」とリエも満足そうに微笑む。


「今日は遅いから早くお休みください。明日は休日ですからゆっくり過ごしていいですよ」

「あっ…そうだった」


明日のシフトは休日だった事を、ルドガーは今更ながら思い出した。


「リエさんはまだ起きてるんですか?」

「ええ、少し書類を片付けようと思って。それに…」


リエは、玄関の扉にちらっと視線を向けてこう言った。


「寒い日に飲む温かいココアは格別ですからね」

「ああ~…そうですね(リエさん、徹夜するんだな…)」


『社長』という役職は、想像している以上に大変なのだろう。

ルドガーはそう思いながら、少しでもリエの負担を減らす為、明日の家事全般は自分がしようと心に決めた。

こうして、ルドガーの初めての真夜中デートは穏便な形で幕を下ろした。





【つづく】

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