第2章:長期任務の幕開け
報告も無事に終えて、就寝時間が近づいた午後10時5分前。
ルドガーはキッチンで鍋を回していた。
鍋の中身は、黄色い甘い匂いを漂わせるコーンポタージュ。
市販のレトルトではなく、玉葱とコーン、バター等の材料で一からつくったものだ。
「あらあら、明日の朝食の準備ですか?」
小皿で味見をしてると、リエがいつの間にか入出していた。
(…あ、また気付けなかった)
“リエ君の気配を感知できるようになれたら、それこそクランスピア社の一流エージェントを
越えられた証拠といっても過言じゃない”
入社したての頃、社長代理のルクソードがそう言っていた。
事情を知らない一般人が聞けば、冗談だと捉えそうだが、
その発言をした時の彼の顔は真剣そのものだった。
ルドガーとシンはそれ以来、自主訓練の一環としてリエの気配を探れるよう頑張っているのだが
…なかなか相手は手強い。
「味見してもいいかしら?」
「どうぞ」
リエのささやかな頼みに、ルドガーは快く二つ返事した。
スープを少量持った小皿を差し出すと、彼女はそれを手に取って口をつける。
「如何ですか?」
「うん、甘くて優しい味ですね」
リエはほんのり笑ってそう評価した。
「何か不満な点はありますか?」
だが、ルドガーは察していた。
このスープはまだ改善点がある。
此処に住み込みで働きだしてから、リエの些細な表情の読み方が薄らと…自己流だが…分かってきた。
「そうですね…この味も十分に美味しいですよ。
しいて言えば、もう少しミルクを加えるとマイルドになると思います」
「なるほど、味が濃かったのか…」
「でも、これはあくまで私の感想なので…参考程度にしてください。
ルドガーさんにはルドガーさんにしか作り出せない味があるんですから」
他人の意見にばかり囚われないでね、と忠告も兼ねた助言をしてくれた。
「はい」と大きく頷くと、ルドガーは一旦コンロの火を止めてリエと向き合う。
「リエさん…お願いがあります」
「はい、何でしょう?」
「勤務時間外となりますが、夜間の外出許可を頂けますか?
3時間後に…ある人と待ち合わせの約束をしました」
皆が寝静まってから隠密に出かける事もできるが、もしもの事を想定して、
リエにだけは外出する旨を伝えておこうと思った。
「分かりました。
―――リーシェから呼び出しがあったのでしょう?」
「…実はそうなんです」
待ち合わせ相手が娘である事もお見通しの様だ。
途中、こっそり耳元で小声で確認する仕草は、どこか茶目っ気がある。
ルドガーも合わせて小さめの声音で答える。
「『今日から明日にかけて夜間は寒くなる』って天気予報で言ってました。
だから…温かい物を持参した方がいいかなって、これをつくったんです」
ここ数日、気温が冬頃まで逆戻りしたような寒さが続いている。
そんな中、リーシェは時間を割いてわざわざ都合をつけてくれたのだ。
せめて、寒さを少しで緩和させるためにスープを持っていこう…と思い立ち、現在に至っている。
「このスープはあの子のためだったんですね
…ありがとうございます」
「いえ、俺も…兄の件でリーシェさんにお世話になりっぱなしで
…これくらいしかできなくて」
「こういう気遣いができるかできないかで、その人間の品格が現れます。
謙遜は大事ですけれど…ご自分を卑下しすぎる事は返って人を不快にさせてしまいますよ」
リエの指摘に、ルドガーはハッとした。
潜在的に相手に遠慮する気持ちが強いのは以前から自覚していたが、
それがかえって相手に嫌な印象を与えているなんて…想像していなかった。
「今のルドガーさんに必要なのは自信を持つ事。
そして、謙虚な気持ちも忘れずにいる事です。
双方の気持ちを両立させるのは難しいけれど…
それができる様になれたら、今以上に素敵な人になれますよ。きっとね」
軽くショックだったが、次に言われたアドバイスとともに胸にストンと落ちていった。
「…なんか、リエさんといると今まで見えてなかった自分の内面とか浮き彫りになってきそうだ」
「あら、嫌な思いをさせてしまいましたか?」
「本音はちょっと複雑です。だけど…悪くはないかな」
むしろ、直すべき所を自覚して、いい意味で視野を広げられた気がする。
前向きにそう捉えられるのは、それを教えてくれた人物が「リエ」だからだ。
「俺はまだまだ未熟者ですが…
至らないところがあったら遠慮なく言ってください」
「私でよければ喜んで」
成長できるか否かは己次第。
なら、出来る限り努力していきたい。
漠然とだが…今後のひとつの目標ができた。
そんなルドガーの熱心な申し出を、リエは微笑して了承した。
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