第2章:長期任務の幕開け
「…すみません。気付かない内に周りに支障がでていたようですね」
「ジャーファルさん…それじゃあ」
「マスルール、貴方の心遣いとても嬉しいですよ。
ですが…私は国を離れる訳にはいきません。
あの人がいない今、この国を一人でも多くの家臣が支えなければいけないのですから」
ジャーファルが、諦めを孕んだ笑みでマスルールを諭した。
「…すみません。出過ぎた事いいました」
「謝らなくていいんですよ。
貴方はあちらへ行ったら、シンの身を守り、孤独にならないよう傍にいてください」
微笑みながらアドバイスをするジャーファル。
「シンの同僚の人達とも仲良くするように…シンが任務中に調子に乗らない様に注意してください。
あと…あの人、最近酒を飲む回数が多くなってきてるのが凄く気になっているんですよ。
酔っぱらって、社長のリエ様やシズク殿に粗相を働く可能性が…
マスルール、絶対に見張っててくださいね。
もしも、そうなったら強硬手段を取りなさい。
酒を回収して捨てても構いませんから…あと…」
ジャーファルが口にする指示内容がどんどん膨らんでいく。
サラは「おいおいおい…」と冷や汗を流す。
周りの八人将はハァ…と溜息を漏らしたり、乾いた笑みを浮かべたり、やれやれと肩を竦めている。
「禁酒命令出したら、シンはこっそり酒場へいく可能性があります。
そうならないよう、縄で縛ってでも…」
「ジャーファル…ジャーファル!」
ヒナホホが肩を揺さぶると、ジャーファルがハッと我に戻った。
思わず胸に溜めていた不安を言語化してしまった事に…
頬を少し赤らめてコホンと咳で誤魔化そうとする。
「……あの、サラさん」
「何すか? ヤムさん」
「貴女…遠隔透視系の魔法使えるわよね?
それを使って、実務を行える環境を整える事って可能かしら?」
ヤムライハが突然提案してきた。
何気ない冗談という感じではなく、真剣な顔つきでだ。
「ヤムライハ…!」
「ヤムってば、ナイスアイディア!
こっちの仕事をあっちでもできるようにすれば、ジャーファルさん、問題なく渡航できるよ!」
「ちょっと…そんな単純な問題じゃ…」
「もし可能なら、問題は文官の者達との調整が必要ではないか?」
「じゃ、俺急いで知らせてくるわ、スパルトス手伝ってくれるか?」
「勿論だ」
ヤムライハの提案に乗ったピスティ、シャルルカン、スパルトスが動き出す。
「こら! 勝手に…」
「…サラ殿。ヤムライハの案は実現できるのだろうか?」
叱ろうとするジャーファルをよそに、ドラコーンまでもこの案に乗り気のようだ。
「できるさ。でもなぁ…そうなると、こっちも貴重な道具とか異世界語の翻訳機とか
揃えねえといかないんだよなぁ…ちょーとお値段が高くなりますが?」
サラは商人魂に火が付いたのか、ニヒヒッとしたり顔で親指と人差し指で円を形作る。
「…って、人の話を聞けぇえええ!
なんで次から次へと話を進めていくんですか!? 私は…」
「なぁ、ジャーファル」
キレかかったジャーファルに穏やかに声をかけたのは…ヒナホホだった。
「いい加減素直になれ。行きたいんだろ?」
「そ…れは…」
「ジャーファルさん、行ってください。
国は私達と部下に任せて…王の元へ」
「そうそう、王様はジャーファルさんがついてなきゃ、しまらないって!」
ヤムライハとピスティの言葉に、ジャーファルの瞳が揺れる。
「ジャーファルさーん、文官達の了承とってきましたよぉー!」
「武官およびその他の食客にも周知してきました」
シャルルカンとスパルトスが戻ってきた。
どうやら、全ての部下達に伝達し終えたようだ。
「ジャーファルさん。俺…正直言うと、王様…シンさんの飲酒を止めるの難しいです。
謝肉宴の時とかいつも失敗してるし…」
それに…とマスルールが俯けていた顔を上げ、こう続けた。
「今のシンさん…精神的にまずい気がするッス。
盗賊団や“ぱられるなんとか”ってヤツとか…
コゼットさんに似た『あの人』の事で…」
「……ッ!」
「俺だけじゃ力不足です。シンさんの調子を戻すためには…
俺はジャーファルさんにいてほしい。力を貸してください」
マスルールは頭を下げて再度懇願した。
気付けば、その場にいる者達の視線が、ジャーファルへ集中していた。
“本心を引き出したい”
そんな熱意が漂っていた。
【『観客』からの脱却】
ジャーファルははぁー…と盛大に溜め息を漏らした。
「……まったく…貴方達は…そんなに私をあちらへ行かせたいんですか」
「嫌かい? 親しい仲間や部下に期待されるのは?」
サラが試すように、ジャーファルに問う。
「私はシンドリアを…国を守らなければならない」
ジャーファルがそう言うや、周りの雰囲気がシーン…と静かで沈痛なものとなる。
「ですが…皆さんの仰るように、あちらの状況次第では、王の精神的負担が重なり…
堕天する危険性もあります。八人将の…王の補佐として私はそれを防ぐ義務があります」
だが、次に口にした言葉で、沈んでいた空気が破られ、ワァッ…!と歓声があがった。
「サラ殿…多少時間をください」
「理由は?」
「準備をするためです。白羊塔にいる者全員に伝令!
私が抱えている書類の振り分けと長期渡航の為の調整を行います!」
ジャーファルは、水鏡の間にいる文官職数人に素早く命令する。
その場にいた彼直属の部下は慌ただしく退室していった。
「マスルール…私の支度が終わるまで、サラ殿にあちらの世界の一般教養を教えてもらいなさい」
「うっす」
「講義は、別料金をもらう形になるけどいいかー?」
「…この際、仕方ありません。なら後で私もじっくり学ばせて頂きます!
値段はその時に交渉しましょう!」
ジャーファルはそう言い残すと、駆け足で部屋から出て行った。
「こりゃ…“流れ”が一気に変動するな」
上手くいけば、ある程度の不安要素を取り除けるかもしれない。
ヒラヒラと手を振りながら、サラは満足げに口元に弧を描いた。
【つづく】
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