第2章:長期任務の幕開け


リゾットは遅めの起床をすると、まず洗面所へ向かい、ぬるま湯で顔を洗う。

シェービングクリームを塗って薄らと生えている髭を上から下へ剃っていく。

その様子を下から興味深そうに眺めるソラ。



「ミーチョ、危ないからテレビの方へ行ってろ」

「あい!」



ソラは、リゾットの指示を素直に受け入れてトコトコとリビングルームへ歩いていく。



「ぴぃ…早くせんか」

「男の嗜みの邪魔をするな。100年長生きしたら忍耐力がなくなってしまうのか?」


「WRYYYYYY…」



洗面台付近でトントンと小さな足で足踏みするDIOピヨに、リゾットは軽く挑発じみた発言を返す。

DIOは物言いたそうだが、文句は言わずに渋々と従い、小さな羽でパタパタと台所へ飛んでいった。

ぬるま湯で洗い落とすと、顎に手を当てて綺麗になった口周りを鏡で確認する。

リゾットは、よし…と満足そうに一笑すると手を洗って台所へ向かった。



「…大分、寝ていたようだな」

「時計を見て実感したか、たわけが…」

「徹夜した反動がくるのは久々だ」



故郷にいる時も、徹夜する事はしばしばあったが、長時間爆睡するのは稀だった。

リゾットが、ウィンクルム社へ非正規社員として登録してから一ヵ月以上経過していた。


リーシェの計らいでその会社へ赴き、そこで社長と対面したあの日の記憶は、

つい昨日のように思えてしまう。


ウィンクルム社の社長の第一印象は、輪廻転生した聖母マリア。

傍にいるだけで、荒んだ心さえも潤いを与えて癒してしまうオーラを醸し出す女性だった。

己のいた世界で会った、ソラの保護者二名と顔が似ていた

…当然だ、彼女らの母親なのだから。


けれども、その人物…リエ・クローチェは単に温和な女性ではない。

大都会のエレンピオスで、クランスピア社と同格と言われる会社を運営している最高責任者。

その地位に君臨するリエと会話をして、彼女が慈愛だけでなく、統率者としての強さを

備えている事をリゾットは見抜いた。



かつて、契約を交わした【彼女】が言っていた。

エクレシアの中でも“敵に回してはいけない人物が三名いる”…と。


その中の一人が『リエ』

いつになく真剣な顔つきで語っていた記憶が頭をよぎった。



《このシニョリーナが契約を許可したのは、どんな人物だろう…?》



同時に、【彼女】はこう語っていた。

リエ・クローチェと契約を交わした人物は皆、満足な人生を全うする事ができる

…そういうジンクスがあると。


もしそれが事実ならば、リエと契約を交わした人々は果報者だろう。



『私も…そんな風に人を幸せにできるエクレシアになりたいです』



【彼女】にとって、リエは憧れの存在だった。

決して交わる事のない延長線上の世界に居たとしても。



(フィン……俺は幸せだよ。

お前のかけた魔法は空虚だった俺の心をいまなお満たしている)



だが、リゾットは契約したエクレシアが【彼女】…フィンでよかったと思っている。

あの時、あの異空の園で封印されていたのがフィンでない…別の誰かだったら?

おそらく、自分は此処にはいない。


仮に、フィンとは異なる形で親しくなったとしても…

同じように『あの事件』で未来永劫離れる運命だったとしても…

別れを惜しみつつも見送っていただろう。



リゾットが此処にいる理由。

世界の壁を越えて旅を始める一大決心をした…【きっかけ】



(何年、何十年かかろうと…絶対に見つけ出す)



…あの日、交わした約束を果たす。

…誓いをした【大切な人】を連れ戻す。

それで、己が大きな代償を払う事になろうとも。



「ぴぃ…何ぼぉーとしている。まだ寝ぼけているのか」



テーブルの上で丸くなっている金色の毛玉の嫌味で、思考に入っていたリゾットは現実に戻された。



(…いかん、本当に睡眠不足かもしれない)



DIOの言葉通りになるのは癪だが、どうも最近頭がうまく働かなくなる時がある。

身体を動かして調子を取り戻そう…とリゾットは冷蔵庫を開いて、食材を取り出し始めた。



「こんなものだな…」



朝食を摂取し損ねたため、昼食はきっちり取りたい。

今日は仕事もなく、時間もあるため、手の込んだ食事をつくってみた。


まず、サンドイッチを好みでつくれるように、具材とパンを準備。

それ以外は、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、マッシュルームのクリームスープ、

ポルチーニ茸のリゾット、ボロネーゼ、ポルペッティーニのトマト煮込み。

デザートには、リコッタチーズのチョコムース、ビスケット添え。



「わぁー」

「ぴぃ…なかなかやるな」



視界に入れるだけでお腹が膨れそうな数だ。



「これはミーチョ用だ」



ソラのために、トマトと魚、チーズの幼児用リゾットもつくっておいた。

ほら、お食べ…とスプーンで掬ったそれをソラの口元へ運ぶ。

それに合わせる形で、ソラもあーんと口を大きく開けてぱきゅっと食べる。



「うまみ~vv」



もごもぐとリゾットを咀嚼して飲み込んだソラの第一声は、つくった本人を満足させるものだった。



「ふむ、スープはまずまずだ」



スープの皿に飛び込んだDIOは、小さな嘴を動かしながら味わっていく。

このピヨ、100年以上生きていた事が関係しているかは不明だが、味にはうるさい。

部下に料理上手な執事もいて、舌が肥えているようだが、このひと月の間で

リゾットの料理を残しはしなかった。




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