prologue 5 ― 動き出す運命の針
ゴロゴロ…ピカッ!
遠くから雷の鳴る大きな音が聞こえてくる。
…ハァハァハァ
エル・メル・マータは走っていた。
ここはエルの家だ。
ウプサーラ湖の傍にある大きくて広い落ち着ける場所。
大好きなパパと一緒に…生まれてから8年間ずっと住んでいる。
エルにとって、パパは世界一の父親だ。
つくってくれる料理はプロのシェフに負けない位凄く美味しい。
会社の社長で、女性の間で人気ランキング№1をとるくらいかっこいい人なのだ。
パパの名前は「ヴィクトル」
黒い髪とエルと同じ青緑色の瞳。
そして、仮面をかぶった不思議な人だ。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
そんなヴィクトルとの幸せな暮らしは、何の前触れもなく壊された。
武装した見ず知らずの大勢の人達が、家に押し入り、いきなり彼目掛けて銃を発砲した。
前々から父の指導で、エルは家に強盗などの悪い人が入り込んだ時の避難訓練をしていた。
急いでお気に入りのリュックを背負い、ヴィクトルとともに広い家の2階を全速力で走っていく。
キン、キン、キンッ!
悪い人達が放つ銃弾を愛用の二刀流で斬り落としていく父。
「エル、待て!」
「きゃあっ!」
ヴィクトルが制止の言葉を発した瞬間、バンバンッと近くの扉に穴があく。
銃を持った武装集団の一人が足で扉を蹴り上げて、姿を現した。
ヴィクトルはエルを抱えると、向かいくる弾丸を双剣で跳ね返した。
跳ね返った弾丸が、侵入者の一人の胸を貫通したのが見えた。
「下へ降りたぞ! 逃がすな!」
スタッと1階へ着地すると、2階から侵入者がトランシーバーで仲間に連絡する声が聞こえた。
ヴィクトルは、エルを腕に抱えたまま、ウプサーラ湖に浮かんでいる船のところへ急いだ。
激しい雨が降り注ぐ。
雨に打たれながら、怯えるエルの手にヴィクトルはある物を握らせた。
「パパの時計……」
それは、ヴィクトルがいつも持っている金色の懐中時計。
父が大事にしている【宝物】を渡されて、エルは戸惑う目を向ける。
そんな娘の気持ちに答えるように、ヴィクトルは彼女の肩に手を置いて言う。
「エル、もう時計は読めるな?」
父の真剣な眼差しを目にして、エルはコクリと頷く。
「トリグラフ中央駅を十時に出発する列車に乗るんだ。
―――そして、《カナンの地》を目指せ」
「カナンの地?」
それってどういうところなの…?
そう問いかけようとする前に、ヴィクトルはギュッとエルを抱擁した。
「どんな願いも叶えてくれる場所…パパとお前が幸せに暮らせるところだよ」
エルの不安を取り除くように優しく語りかける父。
願いを叶えてくれる場所…それは、エルと父を襲うような悪い人がいない夢の国なのか。
「エル……お守りも持っているね?」
「うん…」
エルは、首元にぶらさげている可愛らしい小袋を見せる。
これは、エルが5歳の時にヴィクトルがくれたプレゼント。
中には、紅色の小石がある。
キラキラと本物の宝石のように綺麗な色をしているエルのお気に入りの一つだ。
いつか、エルが大きくなったらその小石を指輪にしてあげると父と約束している。
「それは、エルを危険なものから守ってくれるものだ。
時計と一緒に絶対に手放したらいけないよ」
「……解った」
「怖くても、つらくても頑張って行くんだ。エルなら…きっとたどり着ける」
“パパが期待している。”
大好きな人からのお願い…これは、自分にしかできない事なのだと幼いエルは察した。
渡された懐中時計をギュッと小さな手で握りしめて、エルは言った。
「……うん。約束する」
エルは決意した。
絶対に《カナンの地》へ行こうと…!
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