第2章:長期任務の幕開け


「兄さんが…!?」



突如、言われた事にルドガーは信じられない気持ちが表に出てしまう。

あの電話の最中に、誰かに襲撃されたようだったが、もしやクランスピア社の刺客だったのか。


その原因が、本当にビズリーの言う機密情報の不正入手だとしたら…

ユリウスは何かを仕掛けようとしていたのだろうか?



「きみつじょーほーって?」


「会社の重大なデータの事よ。

他のライバル企業にバレたら、大きな損害を受けるし、事によったら会社が倒産してしまう。

簡単に言えば、人の心臓にあたるもの」


「それってすっごくまずいっぽい!」



カナンから意味を聞いたエルはあわわ…と慌てふためいている。



「我々としても、室長の早期の身柄確保とデータの奪還を急いでいる次第です」

「それでも捕まらないのは…相手がクランスピア社の動向を熟知しているって事か」



シンが鋭い推理を口にすると、ヴェルは眼鏡を指先でかけ直し、「その通りです」と肯定した。



「ユリウスは我が社のトップエージェントだ。

本来なら、警察へ届け出るのが筋だろうが…

この事が世間に知れたら社の信用にも関わってくる」



ビズリーはそう理由を語ると、改めてルドガーと向き合う。



「君に頼みがある。我々と協力してユリウスを探してほしい」

「……俺に、ですか?」


「解釈の仕方は君に任せるよ。

君の返答次第によっては…こちらもユリウスの対応を考慮しよう」



確かに、兄が機密データを入手した経緯は気になる。

しかし、この申し出は罠かもしれない。

警察に名乗り出ない事も不自然だし、何よりビズリーは試しているように見える。

…紛れもなく、ルドガー自身を。



「…分かりました」



一旦、閉じていた瞼を開けて、ルドガーは了承の返事をした。



「迷いがないな。いい判断だ」



満足そうに笑みを浮かべるビズリー。

ルドガーの回答に、エルとジュードは心配そうに見つめ、シンとカナン、リゾットは

何も言わずただ静観している。



「但し、条件があります」

「なに?」


「俺はウィンクルム社の社員です。当社の規則事項にこう書かれていました。

『友人・知人等による従業員への個人的な頼み事も、当社の信頼に関係するものであれば、

最高責任者へ報告するように』と。

ビズリーさんの個人的な頼みとはいえ、これはウィンクルム社への依頼に相当します。

申し訳ありませんが…ビズリーさん、お手間を取らせる形となりますが、

正式に当社へ依頼をしてください」



ルドガーは、ハッキリとした口調で条件を言い渡した。



「ふふふっ…ハハハッ!」



彼の言葉に、当初は呆気にとられていたビズリーだったが、すぐに哄笑しだした。



「君は…この私に一個人として『ライバル会社へ依頼をしろ』と言うのか」


「嫌なら構いません。この話はなかった事にしてください。

そちらはそちらで、俺は俺個人で兄を捜索すればいいだけの事です」



これはある意味、賭けだった。

此処で申し出を断ったとしても、クランスピア社とはどの道、何らかの形で接触

…いや衝突していたはずだ。


それなら…とルドガーは逆転の発想をしてみた。

クランスピア社の思惑に乗る形で、ユリウスを捜索すればいいんじゃないか、と。

下手に敵対関係になるよりも、利害の一致で手を組めば、ユリウスも見つかる確率が高くなるし、

クラスピア社が裏でどんな事をしているのか情報を引き出せるかもしれない。


問題は…ビズリー社長は果たして、こちらの提案を受け入れてくれるか、だ。

相手は獲物を捕獲する猛禽類の如く、ギラリと鋭利な眼差しを突き付けてくる。

ルドガーも、その威圧に負けじまいと強い眼力で彼を見据える。


すると、ビズリーはニヤリと口端を吊り上げた。



「この私に意見するとは…面白い。いいだろう。

君の要望通り、後日ウィンクルム社へ依頼をしよう」


「…ありがとうございます」


「社長、そろそろ次の予定の時間がきております」



ヴェルの言葉に、「分かった」と頷くとビズリーは踵を返して部屋を出て行った。

ヴェルも会釈をしてそれに続き、イバルもそれに従って退出した。



「…ドクター・マティスと知り合いだったとはな」



通路を渡っている三人がエレベーターへと向かう中、ビズリーは後ろで歩くイバルにそう言葉をかけた。



「……そんな事より、何故こんな面倒な真似を?」



ユリウスは必ず、ルドガーと接触する。

ならば、機密データの不正入手をネタにして、こちら側へ引き込んだ方が簡単なはずだ。

イバルが、暗にそのメッセージを含んだ疑問を言うと、ビズリーはくくっ…と愉快そうに笑う。



「器の形は見た。次は深さを計らんとな」



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



「…はぁ~」


ビズリー達が出て行くや、緊張の糸が途切れたのか、ルドガーは脱力して地べたに腰を落としてしまう。



「ルドガー…大丈夫!?」

「しっかりして!」

「あ、ありがとう…ジュード、エル」



傍に近寄ったエルとジュードに、ルドガーはふにゃりと顔を崩して感謝した。



「あの天下のクランスピア社の最高責任者相手に、挑発するなんて…

ルドガーさんってなかなかの挑戦者ね」


「…えっと…す、すみません」

「謝らなくていいわ。褒めてるのよ」



カナンはふふっ、と機嫌良さそうに笑って言う。



「…それにしても、ビズリー・カルシ・バクー。あの男は何を考えているんだ?」



シンは、どこか解せないといった顔で疑問を口にする。



「なんかヘンなの?」


「ビズリーが、本気でルドガーの兄を捕まえたいのなら、世間体云々よりも

警察へ極秘に届け出た方が賢明だ。

もしくは、ルドガーに兄を匿っていると言いがかりをつけて、警察へ突き出す事を

ネタに脅迫する方が手っ取り早い。

だが、ビズリーはどちらも行わずにルドガーの提案を素直に飲み込んだ

…それに違和感を覚えたのだろう?」



不思議がるエルに、壊された窓の一部を安全な場所へ移動させているリゾットが代わりに答えた。

シンは彼の言葉に微かに目を見開き、「…そうだ」と呟く。

合点がいった、とカナンは頷く。



「つまり…ミスター・バクーの狙いは、ユリウスさんでも機密データでもなかった、

シンさんはそう言いたいのね」


「その通りだ、カナンさん。あの男の狙いは…最初からルドガーだったんだ」


「…俺が…なんでだろ?」


「まだ確定するには材料が少ないが…

ルドガーのあの能力が関係しているんじゃないか、と俺は思う」



ルドガーはハッとあの異形の姿になった自分自身を思い出す。



「気をつけろ…ルドガー。あのビズリーって男、簡単に信用しない方がいい。

俺の勘がそう言ってる」


「…そうだね。シンさんの言う通り、注意しておいた方がいいかも」



シンとジュードの忠告に、ルドガーは「…そうだな」と首を縦に振った。





【真剣交渉】





「ただいま…あれ?」


シズクがちょうど戻ってきた。

壊れている窓…また、漂っている周りの空気が変化している事に気付いたようだ。



「いいタイミングね。シズクさん」

「何かあったんですか?」


「そうね…例えるなら、とんでもない台風の目が出現して、でも暴風雨を出さずに去って行った所なの」

「何の事…???」



カナンの比喩表現に、“訳分かんないよ”と疑問符がたくさん浮かぶシズク。



「後で説明するよ」



どういう事なの…と説明を求める眼差しを向けられて、ルドガーは苦笑するしかなかった。





【つづく】

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