第7章:真実が落とす影


諸事情を打ち明けて、仲間と距離が縮まりつつあるミラを見ながら、カナンは口元を緩める。


(…ミラ、よかったわね)


以前の彼女なら、ジュード達に打ち明ける事無く、最後まで沈黙を貫いていたかもしれない。

ミラは変化している。

己の信念を持ちつつ、視野を広げていけている。

その事を嬉しく思う一方で、カナンはある人物へちらりと視線を向ける。


(…さっきから、ずっとあんな感じ)


ミラとは対照的に、アルヴィンは壁に身体を預かる形で彼女の語りに耳を傾けていた。

いつになく浮かない表情で、会話に参加する様子がない。


(アルさん、何か悩んでるのかしら…)


毒混入事件が、思いのほか彼にとってショックな事だったのだろうか。

それとも…


『失礼する』


その時、部屋の扉が開けられ、ユルゲンスが入ってきた。


「疲れているところ、すまないな」

「いや…それよりも、決勝戦はどうなる?」


今後の事が気になったのか、アルヴィンがようやく口を開いた。

本来、行われるはずだった午後の試合は事件の影響で中止となった。

こんな事態となれば、普通は真相解明のために大会は控えるべきだが…


「それが…明後日以降に持ち越しとなった」

「中止ではなくて、ですか?」


意外な展開に、カナンは目を細めて聞き返す。

御尤もだ…と、ユルゲンスも同じ意見なのか微妙な面持ちで言葉を続けた。


「大会執行部も随分もめたらしい。だが、十年に一回の大会を中途半端な形で終わらせるのは…という流れになってね」

「…そうか」


ミラは、神妙な面持ちで返事をする。

大会側の判断に、一チームであるこちら側が意見したところで、そう簡単に方針転換してくれるとは思えない。

このまま、自分達が大会に出場してもいいのだろうか?

アルクノアがまた仕掛けてくる可能性も残っている中、関係ない人達を巻き込まないためにも棄権するべきではないだろうか。


「イザヤさんはまだ戻っていないのか? では彼にも伝えておいてくれ。詳細が決まったら、また教える」


ユルゲンスは一通りの連絡事項を告げると、部屋を出て行った。


「ねぇ、大会…辞退した方がよくない?」

「わ、私も…そう思います」

『また、ひきょーな手段で襲ってくるかもしれないよー!』


レイアが口火を切り、エリーゼとティポもアルクノアへの恐怖心から決勝戦へ出場したくないようだ。


「でも、そうなると…イル・ファンへどうやって行けばいいんだろ」


ジュードは悩んでいた。

もし棄権するとなると、ワイバーンを諦める事になる。

別の交通手段が浮かんだとしても、時間がもうない。

ミラも顔が陰り、黙ったままだ。


「……とにかく、今日は休みましょう。色んな事がありすぎて、皆さん、お疲れでしょうし」

「じいさんの言う通りだ」


ローエンの提案に、アルヴィンが真っ先に賛同した。


「こんな状態じゃ、いい案なんて浮かばねえよ。まだ飯もろくに食えてねえし…俺、なんか買ってくる」


ついでに、皆の分もなと付け加えて、アルヴィンは部屋を退出した。


「………私も行ってくる」

「カナン…?」

「だって、疲れた時には甘い物が必要でしょう?」




【毒物混入事件の余波】




「すみません、何か手伝う事ありますか?」


食事の下拵えをしていたレティシャに、シオンが声をかけた。

現在、ゼクシオンはカン・バルクにいる他のメンバーを迎えに行き、ラクシーヌは情報収集のために街中へ出かけている。

そのため、シオンは警護のためにアルヴィンの実家に留まっていた。

敵の目立った動きは今の所なく、手持ち無沙汰であったため、レティシャに用事がないかどうか尋ねたのだ。


「そうねぇ…それじゃあ、そこにあるジャガイモの皮を剥いてもらえるかしら?」

「分かりました」


シオンはにこやかに頷き、床の籠に盛られていたジャガイモをいくつか手に取ろうとした。

その時、トントンッと玄関の扉をノックする音が響いた。


「…? ラクシーヌかな?」


仲間が戻ってきたのかと思い、シオンは玄関の扉を開けた。


「……誰?」


扉の前に立っていたのは仲間ではなく、黒髪の女性だった。

服装から見て、地元に住む住民だろうか…?


「あら、イスラさんじゃない」

「知りあい…ですか?」

「ええ、街のお医者さんよ」


どうやら、レティシャの知人のようだ。


「こんにちは、レティシャさん」

「こんにちは…何か御用?」

「この間、風邪薬がほしいと言ってたでしょう? 今日、調合できたから持ってきたの」

「まぁ…ありがとう!」


事前にお願いしていた薬を持ってきたイスラに、レティシャは両手を合わせて感謝の言葉を言う。


「あ、そうだ…お茶でも飲む? ナップルのパイもさっき焼きあがったところなのよ」


折角だから…と御礼も兼ねて、レティシャは突然の来訪者をお茶に誘う。


「ええ、よろこんで…」


二つ返事で了承したイスラ。

イスラは、どこか虚ろな瞳に映していた。

…親しい知人ではなく、彼女が身に着けている光沢を放つ花のブローチを…。





【つづく】

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