第7章:真実が落とす影
ゴーン…ゴーン
町全体に鳴り響く六の鐘の音。
人が行きかう通りをイザヤは足早に移動していく。
(待ち合わせ場所は…あそこか)
中央区の北西部にある建物の入り口。
そこを入り、内部に設置されている昇降機を使って上の階へ昇る。
…三階へ辿り着いた。
一歩足を踏み出すと、砂埃が舞う。
普段は人が出入りしない物置に等しい場所なのだろう。
奥に進むと、黒いコートを纏った二人の人物が立っていた。
「あ、イザヤ!」
黒いショートヘア―の少女…シオンが手を振って出迎えてくれた。
「五分前、上出来ね」
対して、金髪の独特のヘアースタイルの女性…ラクシーヌは時計で時刻を確認しながら目を細め、こちらを見つめてきた。
これで指定された時間に遅刻していたら、彼女の事だ…それこそ侮蔑の視線を投げつけた上で嫌味を一言お見舞いしていただろう。
「単刀直入に言おう。用件は何だ?」
一時間ほど前に携帯にメール着信がきていた。
宛名はゼクシオンから。
指定された時間に、この人気のない場所で話をしたい。
サスペンスならば、主人公が犯人の罠が待つ最終ステージへ行くための一種の果たし状にもみえる内容である。
だが、相手にそんな意図は全く皆無なのを理解しているため、特に警戒する事無く普通に来た次第だ。
…待ち構えていた相手の一人は、ある意味サスペンスの犯人すら霞むほどの、美しくも恐ろしい女性だが。
「リエからの伝言よ」
ラクシーヌは素っ気ない感じで即答した。
それを聞いたイザヤの顔は引き締まる。
「一つは、この町にヴァンスの配下のあの狐男が潜伏してるって事」
「…イタチか」
封印で身動きが取れないにも関わらず、ヴァンスの動きは速い。
リエはそれを見越した上で、ラクシーヌ達に指示したようだ。
「あの狐男の幻術はゼクシオン並にヤバいでしょう?
あんたやカナンはともかくも…大精霊のミラって女とその他の連中は嵌るかもしんないから、それとなく注意は促しとけって言ってたわ」
「…分かった。他に伝えたい事は?」
「もう一つは…狐男と同じく、ア・ジュール王が来てるって話」
二つ目の伝言を聞くや、イザヤは大いに眉をひそめた。
「ちょっと、あんたねぇ…喧嘩打ってんの?」
殺気がダダ漏れよ、とラクシーヌが文句をぶつけた。
シオンも不安そうな表情で「…大丈夫?」と訊いてくる。
「…すまない」
一瞬我を忘れそうになった事を恥じた。
謝罪すると、ラクシーヌははぁ…と面倒くさそうにさらに告げる。
「リエも、あんたの気持ちをお見通しだったようね。…これは伝言よりも忠告ね。
『くれぐれも一時の感情に左右されないでください』って言ってたわよ」
こちらがア・ジュール王に対して悪感情を抱いている事を、リエは既に見抜いていたようだ。
「私が言うのもアレだけど…あんたって好き嫌いが偏ってんのよね。好きなヤツにはかなり甘いけど、嫌いなヤツは徹底的に払い落とす」
ま、そういうところは私は嫌いじゃないけど~とケラケラ笑って付け足すラクシーヌ。
…そういう風に観られていたのか。
些か複雑な心境だ。
「あんたがどう動こうと勝手だけど、くれぐれも私達とリエの邪魔だけはしないでね。
あのア・ジュール王に制裁を食らわす覚悟なら…あんたが全責任負うつもりでやりなさい」
渋い顔のイザヤに、ラクシーヌは笑いを止めて真剣な表情でそう言いのけた。
「…いいのか?」
リエの忠告を無視する形になるのに…と暗に言うと、ラクシーヌはハッと鼻で笑う。
「いいも何も、それはあんたの気持ち次第でしょう? こっちだって、あのア・ジュール王の所為で二次被害を被ったのよ。
むしろ、賠償金を請求しても問題ないんだけどねぇ~」
二次被害…それはどんなものなんだ?
詳細はどうであれ、ラクシーヌがあの男にいい感情を抱いていないのは理解できた。
「でも、リエが…あのストーカー野郎にきつーいお灸を据えたって言ってたもの。だから、私はそれでスッキリしたからもうどうでもいい感じ」
なんだと…?
俄かに信じがたい言葉に、イザヤは目が点になる。
「さーて、用事済んだからこっちは帰られてもらうわよ。シオン」
「はーい。えと、イザヤ…無理しないでね」
じゃあね~とひらひらと手を振ってラクシーヌは闇の回廊で瞬時に去っていった。
シオンもイザヤの体調を気遣う言葉をかけると、ラクシーヌの後を追うように姿を消した。
その場に残されたイザヤはまだ思考回路が追い付いていなかった。
「リエが……お灸を据えた?」
あのリエが…ア・ジュール王を制裁した。
ラクシーヌが言い残した発言が、イザヤに別の意味で衝撃と混乱を与えていた。
【重なる出来事】
「ねぇ、ラクシーヌ…」
「なによ?」
レティシャの家の前へ着くや、シオンはラクシーヌにある事を訊いてきた。
「イザヤに、言ってよかったの? リエさんの事…」
「あぁー、アレね…リエ本人から了解もらってるわよ」
「えっ?」
「リエもリエで…今回の件で、ア・ジュール王の動きを注意してるわ。でも同じようにイザヤが感情を暴走させないかって心配してる。
正直、あのストーカーがどうなろうと知ったこっちゃないけど、イザヤはある程度水をかけて制御してやらないとまずいでしょうが…
ア・ジュール王だけじゃなくて下手すりゃ町ごと崩壊する事態に陥るわよ」
ラクシーヌの言葉を聞いて、シオンは微妙な面持ちで納得した。
「でも、あれでイザヤは冷静になれるのかな?」
「少なくとも、ちょっとはマシになったでしょう。…それに、もしもの時の対策はリエがもうしてるわ」
言い終わるや、はぁー疲れたと背伸びしながら、ラクシーヌは玄関の扉を開いて入っていく。
(…何も起こりませんように)
先程までいた場所を遠くから眺めながら、シオンは静かにそう祈った。
【つづく】
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