第7章:真実が落とす影
ユルゲンスとイスラと別れた後、カナンはミラとレイアとともに町を見物する事にした。
「…うーん」
「レイア?」
露店が並ぶ中、レイアは腕を組んで眉根を寄せて唸る。
ミラが「どうしたのだ?」と尋ねると、レイアは実はね…と二人にある相談を持ち掛けた。
「さっきも言ったけど…私、お母さんに内緒で旅に出たんだ」
「ソニアさん、きっと心配してるわよ」
「うん…それ以上に、カンカンに怒ってるね…絶対に」
レイアは冷や汗を流しながら、視線を横へずらす。
実の母親ゆえにソニアの恐ろしさを熟知しているのか、背後の気配をちらちら気にしている。
この場にいないはずなのに、存在感を見せつけているソニアの凄さをカナンは再実感した。
「帰った時に少しでもお母さんの機嫌が良くなるようにお土産を買おうと思ってるんだけど…何がいいかな?
さっき露店をざっと見たけど、これだって感じるものがなかったんだ…」
「ふむ…土産物はその対象者が好む品物か、その旅先でしか手に入らないものを選ぶのがセオリーだと本で見た事があるな」
「そうなると…やっぱりご当地ならではの特産品とかがいいよね」
顎に手を添えて意見を言うミラに、レイアはなるほどと頷く。
二人があれやこれやと話し合っているのを聴いている最中、カナンはふと右斜めにある露店に目がいった。
「そこのねえちゃん、どうだい? 試食してみなよ」
50代の恰幅の良い男性店主が愛想よく笑って、木の皿に盛りつけられた一口サイズに切られた食べ物を差し出してきた。
切り口からみて肉饅頭のようだ。
「じゃあ一口…あら、おいしい!」
「そーだろ? 当店自慢のブウサギの肉饅頭さ。昼飯に一品お勧めするよ」
「おすすめねぇ…お値段はどうなの?」
「いつもなら1箱6個入り500ガルドだが、闘技大会中なのと、ねえちゃんがキレイだからおまけして半額はどうよ!」
「へぇー…買おうかしら」
「うむ、10箱頼む!」
「…ってミラ。話は終わったの?」
「食欲を湧き起こらせる匂いが鼻を擽ったものでな。ところで、店主よ10箱購入したいのだが…」
じゅるり、と涎を垂らすミラの視線は試食用のブウサギ饅頭をとらえている。
彼女の隣にいるレイアは「ミラ、よだれよだれ」と苦笑してハンカチを渡している。
ミラの要望に、まいどありーと機嫌よく饅頭を箱に入れていく店主。
「ミラ、10箱はさすがに食べ過ぎよ」
「無論、私だけではない。皆に食べてもらいたいから買うのだ」
「ならいいけど…」
大半はミラの胃袋におさまってしまうだろうな…。
少し先の未来を想像して、カナンは生温かい目でレイアと喋るミラの背中を見つめる。
「レイアも、これを土産にしたらどうだろう?」
「うーん…そうだねぇ」
ブウサギ饅頭をソニア宛の土産物にするか否か吟味している二人。
(長くなりそう…)
他の露店も見てみようか…とカナンが後ろを振り向いた時、ある人物とすれ違った。
黒い艶やかな髪をポニテールにし、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性だ。
すれ違った際に、女性が所持していた鞄から何かが落ちた。
―――少々色褪せているが、ア・ジュールの伝統的な染料技法を使い、金糸で飾りをつけた布袋…お守りだ。
「すみません!」
カナンが急いでそれを拾って声をかけると、女性は「えっ…」と立ち止まり、こちらへ視線を向けた。
「これ、落ちてましたよ」
「!?…いけない、鞄を閉め忘れてたみたい。わざわざ拾っていただいてありがとうございます」
女性は鞄の留め具が外れているのを見て微かに目を見開き驚くと、微笑みを浮かべ感謝の言葉を言う。
「よかった。貴女が気づいてくれなかったら、なくしたままだったわ…」
その安堵に満ちた表情から、よほど彼女の大切な物なのだろう。
いい事したな…と心が満足感で満たされていると、女性がこう言葉を続けてきた。
「貴女は大会を見るためにこの町に?」
「はい、私の仲間が出場する事になりまして…」
「まぁ、凄い! 腕に自信があるのね」
「ええ、試合が楽しみです」
「カナン」
女性と話してると、ミラ達がやってきた。
レイアの余裕な表情からどうやら、土産物はブウサギ饅頭で決まったようだ。
「話の途中ですまないが、そちらの女性は…?」
「落とし物を拾ったご縁でちょっとお喋りしてたの」
カナンがそう説明すると、女性はミラとレイアに軽く会釈する。
「貴女…『カナン』って言うのね。次期王妃殿下の名前と同じ」
名前を聴くや、その女性は目を瞬きさせて、微弱な驚きの色を顔に露わにした。
その予想通りの反応に、カナンは…やっぱりねーと苦笑してしまう。
「ええ。ア・ジュールに来てからよく言われるの…珍しいのかしら?」
「そうね、ア・ジュールでは聞かないわ。もしかして、カナンさんはラ・シュガル出身?」
「…そうなりますね」
『カナン』という名前は、ア・ジュールでは珍しいようだ。
ラ・シュガルの方はどうかは不明だが、この世界の一般的な名前はどんなものがあるのだろう?
今度、アンジールに頼んでリストでも作成してもらおうかな…と頭の隅でそんな考えが浮かんだ。
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